『ガラス越しのほほえみ』

こんにちは。おひさしぶりですね。
こうして明るいうちにお会いするのは初めてですよね。というより、直接会うのはこれが二回目でしたっけ。なんだか不思議です。
私はずっとあなたを探していたから、もう何回も会っているような気がします。

あと何日かで裁判ですね。
私は別にそんなことする必要ないと思っているのですが、まぁ通過儀礼みたいなものですよね。証拠も揃っていますし、開く前から結果が分かっているようなことですから、時間の無駄な感じもしますが…ちょっと弁護側の主張も聞いてみたいですし、一見の価値はあるのかな。
体調のほうはどうですか?私と違って、この数週間は忙しかったのではないですか?
なにせ、あなたにとっては突然のことだったでしょうから。半年前の夜のことなど、記憶になかったでしょうね。

私は一秒たりとも、忘れるなんてありませんよ。あの日から、これからも。
私は母子ともに元気ですよ。えぇ、母子ともに、です。
……ふふ、何を言っているんですか。

私が母ですよ。

あら、何を驚いているんですか?ひどいわ。あなたでしょう、父親は。
まさか、事前の処置もせずに行為に及んで何もないと思っていたのですか?

おろす?なぜですか?
あなたの罪をさらけ出したいがために、この半年間あなたの行方を探していた私ですよ?
そんなことするわけないじゃないですか。
第一、あなたそんなこと言える立場ではないでしょう?
この子は、きちんと私が生んで、きちんと私が殺します。
あなたの目の前で。
あなたは、自分の及んだ行為の最期をきちんと見届けてくださいね。

本当はあなたを殺したいけど、あなたはあと数日で社会的に死にますから。その後を惨めに生きていてください。
これから先の時間を、ずっと後悔しながら生きてくださいね。
……ふふ、あなたこの先、心から幸せだと思えませんね。
私がずっと、あなたのことを恨んでいるのですから。たとえ私が死んでしまっても…いえ、私の生死など関係ありませんね。
あなたが生きている限り、あなたの心に、私の想いがうずくまるでしょうから。


あなたが心を和ませる瞬間に、私の顔がちらつくといいですね。


あら…いやだわ、顔を上げてください。
そんな、いまさら謝られても、もう遅いんですよ。諦めてくださいな。
私があなたを許すことなんてありえないんですから。
ずっとずっと、私の憎悪に怯えて暮らしてくださいね。



それでは、また法廷で。
おなかの子が無事生まれたら、またあの公園に行きましょうね。



『ガラス越しのほほえみ』完

何かしらの犯罪というものは、人にここまでの考えをさせてしまうものなのだと思います。