『明々白々』

その日、オレの自宅近くで殺人事件があったようで、真夜中に帰宅するオレにとっては穏やかでないニュースを朝から見てしまった。
犯人と被害者の顔をみただけで詳しいところは見ずに出てきてしまったから、どういう経緯だったのかは分からない。多分聞いても「は?」という感じだろうけども。

最近は感情と行動の相互関係がよく分からない事件が多い気がする。だから、自分が次の瞬間に誰か全く知らない人間に刺されたって特に不思議ではない、なんて社会になりえなくもない可能性を孕んでいることが、オレにはものすごく怖いのだ。

世の中において、なにが一番怖いか、て、訳の分からないものが一番怖い。
つじつまの合わない言動や行動や現象。結局は個人の理解力に依るんだろうか。
頭のよくないオレには、この世界は難し過ぎる。


なんてことをぼちぼちと考えながら、オレは帰宅しており、そして今まさに、視界の前方に「訳の分からないもの」が存在している。
暗闇の中、さらに黒いぼんやりとしたものがうごめいていた。
あれはなんだ?動物か?
乗っているチャリンコのライトがつけば光を当てられるのだが、残念ながら切れている。警察には見つかりたくない。
その「もの」も、どうやら移動しているようで、オレとの距離は緩やかに縮まっていく。
とにかく後ろから見ているぶんには黒い。
熊か?こんな都内の住宅街に?
黒の雨合羽?雨も降ってないのに?

死神…なんてね。

オレは自分の分からない推理に自分で怖くなった。
早く通り過ぎてしまおう。
そう思って、オレはスピードを上げてその横を通り過ぎようとして、
見てしまった。


それは、ものすごく髪の長い女を背負った男だった。
女の髪が、細い背中に扇のようにへばりついているので、後ろから見たオレには黒い影にしか見えなかったのだ。
なるほどねぇ、と納得して、オレは十分通り過ぎてから携帯を出し、110番にかけた。
なぜならば。


鬼のような形相で男を睨みつけている女の顔が、今朝見た被害者のそれだったからだ。


至極当然だろう。
あの女が亡霊だろうがなんだろうが、
住宅街の熊や
雨天時以外の雨合羽の理由や
唐突な死神の出現に比べれば

自分を殺した男を取り殺そうとするほうが原因と結果の関係が結びつく。

なんて明々白々!



『明々白々』完

だってまだ想像が及ぶから。…とか考えながら書きましたが、お化けだって十分怖いです。