『それでもなお足掻くだけの意味を』

「君は?」
こんな辺鄙なとこまで迷い込んだのか、見知らぬ青年が私を見上げて問いかけた。
しかし、「君は?」とはどういう問いかけなのか。
「君は」何をしているのか
「君は」どうしてここに座っているのか
その続きの候補はいくつかあるものの、しかし私が答えるのは常に一つしかない。
「…おまえは?」
答えの代わりに、私は彼に問い返した。

つまり、「答えられない」のである。

彼は問い返されたことに少しだけ驚いたようだが、不快な表情は見せなかった。
それは珍しいことで、ここに来て同じようなやりとりをした人間は、全員が不快な顔か、あるいは興ざめした顔で立ち去った。
「オレはチャルト。ここまではちょっと散歩に来たんだけど。
君はなんていうの?ここでなにしてんの?」
「…いや、なにも」
会話を続けたくなかったわけではないが、これが真実だ。
「あー、確かに何もしてなさそうだな。
でも、今はオレと話してるよ、君は」
可笑しそうに笑って、チャルトは言った。
「…チャルト、暇なのか」
「うん?」
「暇なのか?」
私はもう一度繰り返した。
「うーん、暇といえば暇かなー。
今ちょうど作戦が終わったとこだから」

あまりにさらりと言うものだから、一瞬彼のその言葉の意味を流しそうになった。
「…あんた、軍人か」
私はわずかに体がこわばるのを感じた。
来るものが来てしまったのか。
しかし、チャルトは場違いににっこりと柔らかく笑った。
「残念、ちょっと違うよ。
オレは軍『人』じゃないから」
…本気か。
私は目の前の青年をまじまじと見てしまった。

インシグニア
限りなく人に近く、決して人ではない存在。
戦場において、最もその特性を発揮する兵器。

だが、何故だかこの青年からは、そんな殺伐とした空気は感じられなかった。
彼の雰囲気は、この緑の座にほとんど同化していた。

「君は?」
一番初めの問いを、彼は再び繰り返した。
今度は、その続きをつけて。
「君はこのあたりの人?」
「…チャルトは、北の軍か」
3度も問いを流してしまうのは少し気がとがめたが、やはり私は答えなかった。

私は自分のことを答えられない。
それすらも伝えることができない。
それは、私が「存在を持たないもの」でありながら、それでも「関係性」の中で生きる宿命からは逃れられないからだ。

人が生きる必須の条件からは、外れることができない。

チャルトはそれをどう解釈したのかは知れないが、彼は私の問いを答えとしてくれたようだ。
「オレは北。もうこの辺りは北が制圧したよ。
君、戻る場所があるなら、戻ったほうがいい。こんな人が入って来れる場所にいちゃ駄目だ」
彼は、少しだけ声音を下げて私に忠告してくれた。
「…チャルト、変なやつだ」
「そう??」
彼はさっきと同じように予想外だという表情を見せた。
「人が死なないことにこしたこと、ないと思うけど」
「…それは、あんたたちの存在意義を否定することになるんじゃないのか」
「うわ。君、結構ストレートに失礼なこと言うね」
失礼は承知だったので、私はチャルトに謝った。
「…でも真実だ」
「きっつい」
尚も食い下がった私に、チャルトは苦笑いを浮かべた。
ここまできて、彼は私を怒鳴りもしない。
本当に不思議な奴だと思った。

彼も自分自身の意味について、本質を感じているのだ。
「最終的には、オレたちは造られたものだからね。
造ったものの目的がそのまま自分の目的になってしまう…いや、違うな。
使用者の目的、かな」
「製造者と使用者の目的が必ずしも一致するとは限らない」
私の言葉に、彼は頷いた。苦笑気味に。
「オレたちは今、はき違えられているんだよ」
製造者の意図は、違っていたと?
チャルトは、そうさ、と言って、今度は胸を張って言った。

「オレたちは、愛の下に生まれたんだから」

「…」
「無反応はやめてよねー」
そういう意味で反応しなかったわけではないので、再び彼に謝る。



「…もし、チャルトの言うとおりなら…」
私は目の前の彼を見つめた。
そんな存在だとは、思ってもいなかったから。
「チャルトの存在は、あまりに皮肉だな…」

彼は静かに、ブラウンの双眸を伏せた。

愛のために生まれ、人を殺める。
それが彼だ。…彼らだ。


ゆっくりと、チャルトは私を見上げた。
「いずれ変わるさ」
その口元には笑み。
憂いはない。
ただ単純な期待ではない、確実な何かを見据えた光が、彼の目に灯っていた。
「ただ、そのときにはオレはきっといないだろうけど」



不意に、チャルトが後ろを振り返った。
呼ばれたのだ。
「じゃぁ、オレ戻るね」
カラリと笑うと、チャルトは踵を返した。
その背中。「チャルト」
私の声に振り返るその目。
「…また」
おけ、と手を振るその表情は、人とどこが違うというのか。


彼は戻る。
愛のために、人を殺し続ける。

望めない未来を、しかし確かに感じながら。



『それでもなお足掻くだけの意味を』(完)


長い物語の欠片みたいな感じで。小学校のころから温めている話で、温めすぎてちょっと腐ってきたかも(笑)