はい、馬鹿決定。




大介に置いてかれた!!


授業前図書館。
珍しく大介が調べものをすると言って朝早くから部屋を出て行こうとするから、俺も一緒について行ってのはいいのだが、昨夜は他の学生からの『調べもの』を遅くまで精査していたせいで、図書館に着く頃には肩から鞄の中へ移動されてしまっていた。
鞄の中は暗いからと、その後大介の席の隣で寝ていたのだが…
気づいたら大介の姿は消えており、調べものと言っていた本もすっかり片付けられていた。
「お……」
置いてかれた?!
机によじ登って辺りを見回してみるが、やはり少年の姿はない。
俺は机から降りて、出口へ向かった。一限目は総合科目だったはずだ。
「…っと…!?」
「うわ、わゎ…?!」
学生の足元をすり抜けて走る小人(俺)に、彼らが驚くのも最もだと思うが、こちらは驚いている場合ではない。
踏まれたら一大事。
総合学科棟は図書館からやや離れた位置にある。常人にとってはさほどの距離ではないにしても、俺にしてみれば踏むか踏まれぬかの大冒険に等しい。
大介…あとで覚えてろよ…


「お、と…」
戦闘学科棟の入口の前で、もう何度目かの驚きの声とともに、黒いブーツの大きな足が避けた。
すみません、と心中で詫びながら前を通り過ぎようとして、
「?なんだぁお前??」
「っぬぉ?!」
思いがけずフードの首元を後ろからひょいと摘みあげられた。
「何しやが…っ!」
「ずいぶん小せぇ奴がいるんだなぁ」
罵声を浴びせかけ、予想外に地上から離れた高さまで持ち上げられて言葉を失った俺に、そいつはのんびりと言った。
黒ちゃんよりでかい…か…?
しげしげと顔の高さまで持ち上げて眺める顔は、大きいものから小さいものまでたくさんの傷があった。黒い狼の耳、狼のキャニリアンのようだ。
「ドワーフ…じゃねぇな。いくらなんでもここまで小さくはねぇだろうし。
お前ここの学生か?それとも野生の何かか?」
「失敬な!!」
俺が怒ったのは後者の『野生の何か』です、学生のみなさん。
「俺は“識者”だ!体長と黒ローブを見てすぐに分からんのか学習不足め!」
「あぁあぁ、お前が“識者”か!初めて見るわ、俺。すまんな!」
ばたばたともがいて反論すると、キャニリアンは何がおかしいのか豪快にそれを笑い飛ばした。
「しっかし小せぇな。これで移動するのは危険じゃねぇのか?」
「いつもは人の肩に乗っているよ。今は置いてけぼりをくらってるんだ」
「置いてかれたのか!“識者”ってそんな扱いしていいんだっけか?」
「その辺りの話を知っているなら俺を置いて行った奴にとくと説いてくれ」
率直に聞いてくる相手に、俺は脱力して返した。
すると…
「い、いーちゃん…?!」
「…ボンちゃん?」
聞き慣れた声に振り返ると、珍しく唖然とした表情の牛娘がこちらを見ていた。
いつもなら「いーちゃーんっ☆」と踏みつぶさんばかりの(あるいは吹き飛ばさんばかりの)勢いで突撃してくる牛なのだが、今日はなぜだかその場で凍りついたように動かず、こちらを窺っている。
その目は、どうやら俺ではなく狼のキャニリアンの方へ向けられているようだ。
俺も、当の本人も、「何事??」といった顔で牛娘を見つめた。
「ま…まさか……こんなところに現れるとは…!!」
牡丹がなんだかワナワナしながら言っているのだが、言っている意味がよく分からん。
と思っていると、突然ずびしっ、と狼を指さしてのたまわった。

「とうとう現れたわねぃ!!
悪の組織、ハル大佐!!」

………はぁ?

「ふっ…バレちゃぁ仕方ねぇ!
お初お目にかかる!悪の組織……ハル大佐だ!」
いきなりキャニリアンがノリ出した。
「ちょっ?!待て待て待てっ!!俺にも分かるように説明お願い!!」
「学校を影から支配しようとしている大佐が、何でこんなところに…?!」
「え、えええ?!流れの中で説明していく気?!」
「お前ら悪の組織に対抗するスクールレンジャー略してスクレンの動きがあんまりトロくてな!
ちょっと冷やかしに出てきたら、おもしれぇもんが転がってきたぜ」
「はっ…!まさか…!!
私たちのなんだかよくわかんないけど多分持っておいた方がいいと思ういーちゃんを返しなさぁい!」
「アイテム扱いか!」
しかも詳細は絶対「???」なんだきっと。
ぷらんぷらんとこれ見よがしにハル大佐に揺らされながら、俺はとりあえず昼まで牡丹と一緒にいればいいかなと現実を見据えたようで『現状』から逃避してみた。
「くっくっく…取り返したければ方法は一つだ!スクレンジャーピンク!!」
「柄じゃねぇ!!」よもやこの牛のことを指したのか?!
「悲しいですねぃ…結局辿りつく方法はこれしかない…」
「お前それ以外の方法にたどり着く気すらねぇだろ」
二人のセリフに逐一突っ込んでなんとか現状を把握しようとしては見るけど、さっきから一つの答えしか出てこない。
お前ら突発的な寸劇だな??
寸劇ならばきっとそのうちうやむやに終わるだろうとタカをくくっていた俺は…
この後地獄を見ることになる。


「容赦しないんでぇすよっ!かぁあくごぉぉおおっ!!」
「?!ちょ、ボンちゃ」
まさか本当に立ち向かってきやがった牡丹に抗議を申し立てようとしたが、急激な後ろへの引力に声が潰される。
俺を掴んだまま、大佐が牡丹の飛び蹴りをかわしたのだ!
「甘い!」
更に牡丹の背後を取る大佐。やはり俺を掴んだままその背中に手刀を振り下ろすが、機敏に体勢を返した牡丹にはたき返され、そのままの勢いで牡丹の右ストレートが大佐の腹部を抉る。
が、
「細いくせに重いな」
ニヤリと笑う大佐。あぁこの人見た目通り重力系だぁぁ…!
牡丹の強力なストレートを食らってもダメージのない大佐、しかし牡丹も驚くことなく、にへりと笑った。
「うぅっわ…?!」
がくん、と掴まれた位置の高度が下がる。見ると、大佐がもう片方の手で牡丹の角を掴んで、そのまま地面に引きずり倒していた。
なんて力技!
だんっ、と牡丹の(見た目だけは)細い体が地面に叩きつけられるが、気づけば大佐の腕を掴む白い手。
「ぅおりゃぁぁああっ!」
嬉々とした牡丹の雄たけび、体勢の低くなった大佐の腹を今度は蹴りあげて、そのまま巨躯を投げ飛ばす!
「ぎゃぁぁあああっ!!」
これは俺の悲鳴。依然掴まれたままの俺は大佐と一緒に宙を一回転。
どおん、と地響きにも似た震動に、いい加減ちょっと吐き気がしてきた。
「やるなぁ、あの牛!」
「も……やめ」
しかし、俺の抗議はまたしても「よ、と」と飛び起きた大佐の引力によって押し殺される。
一体なぜ俺を掴んだまま交戦する?!
「獲物はねぇのかい、嬢ちゃん」
「にししし!えっらいのが一本ありますがねぃ、それは討伐にしか使わないのでぇすよっ」
確かに、あれを日常的に使っていたら早々に人死にが出るだろう。
大佐はそれ以上は追及せず、そうかい、とだけ言って再び構え、再衝突!

接近戦、といえば圧倒的な重力の前にはいくら小回りが利いてようと小細工など意味なし。牡丹はその体に反して実はパワーファイター系ではあるが、卑怯なくらい素早くもあり、これ一つで一個の完成された『攻撃』のようであった。
が、その反則牛と対等に渡れるほどの強大な『重力』がこの大佐だ。彼の腕が届く範囲では、あらゆる全てのものは粉砕されるだろう。
そして、その二つの凄まじい力の持主たちの間で吐き気をこらえているのが、小人“識者”の俺だ。勘弁してくれ。

がっ、ともの凄い振動とともに、牡丹が大佐の胸倉を掴んだ。そして肩。もう一度投げる気だ!
しかし、二番煎じは通用しない。予期した大佐が素早く牡丹に力技の足払いをかけ、なすすべもなく倒れこむ牡丹、潔く胸倉の手を諦めて、倒れこむ地面に両手を付き、払われた足で大佐の腹めがけて蹴り上げる!
「っ!」
紙一重で後ろへかわした大佐。そのままバックステップ、再び二人の間に距離が生まれた。
わずかな間の静寂、そして二人の疾走…!!
が、二人がぶつかる寸前、その疾走が止まった。

鼻先を、閃く銀。

「……お前らねぇ…」
大剣を大佐に、腰に差している短刀を牡丹に突き付け、気配もなく割って入ったフィブリスが、呆れ声で暴走セリアンを止めた。
「あ、フィブリスさ〜んっ!おっはよーうございます!!」
「おお、兄ちゃんどうした?」
ひらひらと挨拶の牡丹、きょとんと尋ね返す大佐。
…こいつら…
「おはようでもなくどうしたでもないようだぞ、そこの“識者”さんは」
ぴ、と俺の心を察したようなフィブリスが、大佐に掴まれている俺を差した。
「うん?……おお!お前持ったままだったのか!どーりで動きにくいと思ったぞ!」
はっはっは、とさっきまでの戦闘の影すら見えない豪快な笑いの大佐。
よくわかったよ大佐。お前の頭は一つのことに集中しちゃうともう一つのことを忘れるらしい、とな!
「つか、あんまり学校内で派手な乱闘すんなよ。先生呼ばれるところだったぞ」
「そぉうですねぃ。なーんか、始めちゃったら夢中になっちゃった☆みたいです」
「俺様も、あのまま続けてれば久しぶりに本気出せそうな戦闘だったわ。いや〜嬢ちゃんみたいなのがいるとは思わなかった!」
「にしし!会わなくて当然なのですよ!なんせ私、治療科ですからねぃ!」
「ち…?!マジかお前?!」
すごい治療科もいたもんだ、などと快活に笑い合う二人を困惑気に眺めて、フィブリスが俺を振り返る。
「……初対面か、この二人」
「初対面で乱闘始めちゃう体力馬鹿二匹ですよ…」
口元を押さえながら答えると、さっそく牡丹から抗議が入った。
「馬鹿とは失礼でぇすね!いんすぴれーしょんと言ってください!びびっ、と来たのですよ!」
「直感で生きちゃう奴を総称してそう呼ぶんだよ、はい、決定」
「いーちゃんひどい!わたしはいーちゃんを助けたいだけだったのにぃっ!」
「ものすごい被害ですけど?!」
牛娘のボケに突っ込んでいると、ふとフィブリスが「そういえばとら、」とぽんと手を打って告げる。

「さっき大介が探してたぞ。図書館で」

「………あれ?」
え、だって、大介図書館から出てったんじゃねぇの?起きたら鞄なかったし。
などと返すと、フィブリスは何言ってんだとばかりに肩をすくめる。
「大量の本を借りてたから、いったん鞄持ってカウンターまで借りに行ってたんだろ。なんだとら、もしかして大介が置いてったとかはやとちったのか?」
「………」
まさにその通りの指摘に、俺が沈黙していると、遠くから聞き馴染んだ怒声が聞こえてきた。
そして、にんまり顔の三人。

「「「はい、馬鹿決定」」」

「………」



大介ごめんね☆




『はい、馬鹿決定』 消化



※Gotthard.Werner.Thurkさま、神室宗太郎さま
上記両名背後さま、「悪の組織」設定の使用承諾をありがとうございます。お手数おかけいたしました…!

隊長!新しい顔…じゃなくて、名前できましたっ(笑)