「勉強になったか?」
後衛の方に歩いてきたフィブリスが、カイトの頭をぽふぽふと叩きながら尋ねた。
「うん!みんなやっぱりつよいのぉ〜!」
メモ帳を片手に、カイトがきゃっきゃとはしゃぐ。
その様子に目を細めて笑うと、そのままくるりとこちらを振り向いた。
「すみません」
「……俺よりアルの方を覚悟しといたほうがいいぞ、とら」
そう言って笑顔を深めるフィブリス。「どうせ何も言わずに追ってきたんだろう」と図星を指された。
「いやだってさ、言ったら絶対行かせてくれないじゃん?」
「そりゃ酒のために行くって言ったらアルじゃなくても行かせねーだろ」
フィブリスの隣で大介が鞘に剣を収めながら突っ込む。そりゃそーだな。
「大体お前、今頃はアルとこの間のピスキニアンの子のクエストを相談してるはずだろ。何放棄してきてんだよ」
「放棄なんてしてねーし!ちゃんと調べられるとこまで調べてアルに投げてきたよ。
今俺ができることなんてそれくれーしかねーんだもん」
ふーん、と大介には反論してみる。「この…」と言いかけた大介、しかし
「おぉっやぁ〜?こちらも終わってましたぁか!」
るったら〜♪と大剣を引きずって戻ってきた牡丹の声に被さってしまった。
「や〜、ずいぶん遠くまで逃げられちゃいましたぁよ!ついでに珍しく竜型の『異形』なんてものもいたから仕留めてきちゃいましたよぅ☆」
ほれほれ、ともう片方の手に握っている白角は、まさしく竜の角であった。
「ちょ、お前何さらっと…!!」
「わたしもびっくりだぁよ!こ〜んなところに竜がいるなんてぇね!
今日はおいし〜くお酒が飲めますよぅ☆」
ささ、早く街まで戻りまっしょー☆とやはり一人でハイテンションに歩いて行ってしまう牡丹に、取り残された一同何やら「やれやれ」な空気を漂わせて、顔を見合わせると肩をすくめた。
おかげで追及を免れた俺は、牡丹の最後の感想には大いに同意したいと思います。


「と〜ら〜ぁ…!」
「あ、アル…!声が低いよ!いつもより半オクターブくらい低いよ!」
「それで誤魔化したつもりか?」
翌日夕方。討伐組は無事に学校…『ホーム』に戻ってきていた。
中央校舎、エントランスロビーの横手にあるソファで一旦荷物を下ろし、学生課に帰校の報告を行っているフィブリスと大介を待っていると、留守番組だったアルーシャとファセルゥラ、それから先に帰っていた葵と千羽が出迎えに来ていた。
そして今、暗い笑みを浮かべて、お土産のマネピスキスの酒瓶の後ろに隠れる俺を見下ろす小柄な機精。
「え、ええと…ほら、お土産買ってきましたー……とか?」
「あぁそうだな、土産だな、いい土産だな、とら。
はい、ぼっしゅー」
「わぁあぁぁああああっ?!」
ひょいとアルーシャの手に落ちた酒瓶に、思わずしがみついた。没収はひどいよアル!!
「元はと言えばこれが原因だろーが!これのせいでどれだけ仲間が危険にさらされたと思ってんだ!」
「分かってるって!俺だって討伐までついていくつもりはなかったんだって!大介の薬袋に入ってたらそのまま討伐になっちゃったんだって!」
「ついていく前提で話すな!話し合いもすっぽかして!」
「資料は置いていっただろー?!」
そういう問題じゃねぇーっ!と瓶をぶんぶんと振って俺を落とそうとするアルーシャの横から、ぽんぽんと叩く手が。
「まぁまぁ、その辺にしておこうよ、ね」
穏やかな笑顔で止めに入ったのは、白猫のレフェシアンの葵だ。
「葵…でも」
「うん、アルの不安は分かるけど、みんな無事に帰って来れたんだし……………禁酒一週間、で鞘を納めない?」
「どんな妥協?!」
思わぬ葵の提案に、突っ込むと、アルーシャはしぶしぶと頷いた。
「それなら、まぁ…」
「よかねぇ!!一週間なんて遠すぎるよ!」
「つかお前一週間くらい我慢しろよ!!中毒じゃねーの?!」
「一週間なんてこのくらいの酒、みんな飲んじゃうだろーっ?!」
あぁそっちか、とソファに座っていた千羽が他人事のように(確かに他人事だけど!)納得している。「それはあり得る」
「ほら!千羽が言うんだから間違いねーって!多分あいつは飲み干す人だ!!」
「俺だけじゃなくてブラックマンもフィブリスもアルーシャも容赦なく飲むだろ。きっと」
ニヤリと隻眼を笑わせて、千羽がつつく。本気だこの子!

「あーっ!もう!!」

と、俺とアルーシャのやりとりと千羽の茶々入れに痺れを切らした葵が、声を上げてアルーシャの手から酒瓶を取った。
「飲みほしちゃうのが不安なら僕が預かります!
これなら一週間禁酒でも我慢できるでしょ?!
とらはホント、みんなに心配かけたんだからちょっと反省してほしいな!」
未だ酒瓶にぶら下がっている(降りるタイミングを逃したわけではない、決して)俺を、キッと睨んで葵が言った。
これ以上この白ネコちゃんを怒らせるのも怖かったので、俺はコクコクと頷いた。何せ可愛らしい顔をして体術の腕の立つ子だ。
「分かってくれて嬉しい。ちゃんと保管しておくから、安心して我慢してね!」
どんな心理状態でいろというのか、葵…
にこ、と笑う葵に、しかし俺は突っ込めなかった。

「…少しお話ししていいかしら、“識者”さん」
千羽の斜向かいに座っているファセルゥラが、事の成り行きが収まったのを見計らって、静かに声をかけた。
その誘いを断るはずもなく、俺はぶら下がっていた酒瓶から降りようとして…アルーシャにひょいと掴まれてソファまで持って行かれる。
「昨日は申し訳なかったな、セルゥ」
「…いけしゃーしゃーと言えるあなたの神経が羨ましいわ」
「照れるぜ」
「不思議な生き物なのね」
冷やかな目で見やるが、ふと「…あなたもしかして」と言いかけて、口を噤む。
ん?と促すが、彼女は少し逡巡した後、「なんでもないわ」と首を振った。
「あなたの言ったとおり、昨日置いて行ってくれた資料はとても助かったわ。
コアトリクエの姿が、大体分かってきたわ…」
ピスキニアンのファセルゥラの声は、まるで水のように艶やかで、聴くものを惹きつける音をしていた。
その彼女の声が、静かにそれの正体を告げる。
「“蛇の淑女”を意味する、炎と肥沃、生と死と再生の…地母神よ」
その呼称に、アルーシャと千羽が互いに目を合わせた。
地母神。大地に生きとし生けるものの全ての母。女神最高位にして、ときにあらゆる神を凌ぐほどの権力を持つ神の地位。
ファセルゥラは、それと契約を結ぼうとしている。
そしてそのための情報と準備の提供を、クエスト…依頼として俺たちのパーティに預けてきた。
本気か?とファセルゥラの目を覗き込んだが、彼女の青い双眸は真摯な光を持って俺を見返した。
がやがやとエントランスが賑わって、見やると討伐組が集まってきてこちらに気づくと「おつかれー」とやってくる。
ふう、とため息一つ。
このとんでもないクエストは、どうやら続行らしいよ、みんな。





“冒険者”が世界を回す。
これから話すのは、その卵たちの物語……


続きを待ってください☆