『緑のほとり』〜overture〜





「お ま え は ぁーーーっっ!!!」


大介の怒声が響きわたり、“肩にぶら下がる”俺はその疾走に振り落とされそうになりながらも必死に肩当てにしがみついていた。
「なしてここにいる?!
今回は単なる討伐だから待機だって言ってたじゃんかよ!!」
セトマで“速さ”を向上させて走る大介の後ろには、狼にも似た(しかしその大きさは熊に相当の)『異形』が追跡をかけている。
「そうだな、確かに言ったな。
単なる討伐だったら待機してたけど、場所がマネピスキスだったから」
「だから?!」
「おいしーお酒があるよね☆」
「一度呑まれてしまえっっ!!」
怒鳴るだけで俺を振り落としたりしないのが大介の優しいところだよな、などと感心。

大介だって後ろの『異形』にこうして逃げる必要などないくらいには腕のある剣士なのだけど、俺がひっついていることで思うように剣が振れないのが分かるくらいには俺だって馬鹿ではないので、まさか「後ろの切っちゃえばいいんじゃない?」などとは言わない。
ついでに、俺が今大介の肩から降りるという選択肢は考えない。今落ちたら確実に後ろのアレに踏みつぶされてミンチだ。
ぜひこのまま逃げ切っていただくか、あるいは…

「大ちゃんっ、ちょっと横に退くがいいよぅ!」

前方から走ってくる小さな人影。「牡丹!」
牛の角を生やした少女が引きずるくらいの大剣『神の左手』を片手に向かってくる。
大介は肩の俺を引っ掴んで、横手に飛び退った。
後ろの『異形』は一瞬俺たちを見やったが、前方の新たな敵に向かってそのまま走って行く。
「くぁあああくごぉぉおおぅっ☆☆」
牡丹が嬉々とした声を上げ、食らいつこうとする『異形』に向かって横薙ぎに剣を振った!
あれだけの疾走速度、質量が相乗効果を生んだ重さの『異形』を、しかし牡丹の大剣は後ろに下がることなくその巨躯を真っ二つに切り裂いていった。
振りきった牡丹の数メートル後方、綺麗にさばかれた『異形』の体が大きく跳ねながら転がって行く…
「っはーっ!!すっきりしたーっ!!」
持っていた大剣をざっくりとまるでケーキにでも刺すように地面に突き立てて、牡丹がはっは、と笑う。
「……あいつが本当は治療科専攻だってマジで信じられねーよな…」
ちょうど牡丹の横手で、やや息の上がった大介が小さく突っ込みを入れた。

「ぼんちゃーんっ、大介くーんっ」
今度は今走ってきた方向から、ぱたぱたとやはり小さな影が向かってくる。
「まだ終わってないよ〜!はやく戻ってきて〜!」
息を切らせて走ってくるのはエルフのカイト。いつも背中に付けている羽飾りは討伐には不向きだが、魔力精度の向上効果をもたらすので、本人もものすごく気に入っている彼のチャームポイントだ。
「お、まだ終わってないのですねぇ?りょーかいだぁよ!
ちゃちゃっと終わらせちゃいまっしょーぅっ」
うっふふ〜と鼻歌交じりに、牡丹は大剣を抜いて駆けだしていく。
「あいつが半端に交戦すると混乱しかねねーからな…カイト、これ頼む」
そう言って、大介はぽいと俺をカイトに放り投げた。失敬な!
「は、はい!え、あれ?!どーしてとらさんここにいるのぉ〜??」
「ええーと…」
「酒が飲みたいんだそーだ」
「お酒?!」
カイトの質問に答えかねていると、大介がニヤリと笑ってバラし、そのまま牡丹の後を走って行ってしまった。
「と〜ら〜さ〜んっ」
残された俺は、カイトに掴まれたまま怒気を含む彼の声に振り返った。
「いやははは…来ちゃった」
「来ちゃった、じゃないでしょぉ〜!とらさん討伐だと全くのむのーなんだから、学校でおとなしくしてなきゃ!」
「うっわなんだ、無能のイントネーションが可愛くて泣けてくるんだけど…」
全く心からの忠告で一切の悪意がないところもかなりダメージだ。俺はしばしば、さっきの牡丹並みの威力をこの子の発言に感じることがある。
「カイト、戻らなきゃいけないから、とらさんはこっちね」
と言って、ぽい、と投げ入れられたのは、カイトの可愛らしいリュックサックだった。中には瓶詰めされた傷薬や魔法具の入ったケースやらだ。
と、走り出したのか、ぐらんぐらんと掻き混ぜられるように中身が跳ねる!「ちょ、ちょっと…!」
慌てて上の入口の隙間から顔をだして、淵にぶら下がるように上半身だけ外に出た。
前方を見やると、先ほどの『異形』の狼が数頭、それからその周りに数人が対峙しており、大介の姿も見えた。
「おかえりー、カイト」
ふと横手から声をかけられ、振り返ると一人の長身の赤毛でそばかすの男がへらりと手を振っている。
「ただいまトムさん」
「ただいま黒ちゃん」
にこ、と笑い返すカイトに倣って俺もにこ、と笑ってみたらきょとんとする彼は、(あまり光の当たらない方面に)名の通った狙撃手のトム・ブラックマン。
「何だとら、酒でも飲みに来たのか?」
「え、何で分かるのトムさん!」
すご〜い、とカイトが驚くが、酒呑みとしてはここに来る理由は大体限られてくる上に、俺が討伐には来るはずがないといえばもう後はそれしかない、というのが恐らく彼の理由だろう。
にやー、と笑ってみせるとトムは「終わったら飲むか」とへらりと笑う。彼とはしょっちゅう酒を飲む仲である。
「ここ来るか?」
とんとん、とトムが自分の右肩を叩いた。ちらりと俺はカイトを窺ったが、「トムさんなら安心だね」と笑ったので遠慮なく彼の肩へ飛び移る。
しかしカイト…トムさん“なら”は誰を前提としているのだろうか…
トムの肩はカイトは勿論、大介よりも更に高い位置にあるので、討伐の様子がよく見えた。
「…ぼんちゃんがいないな」
「牡丹ならだーっと走ってきて一匹にアタックかけて逃げ出したのをそのまま追ってったよ」
「……」
あの子はホント、マイペースに討伐するなぁ…
一般的な傾向と異なった“一匹狼”と言った牡丹は、およそチームプレイというのをこれでもかと無視してくれる。
「今回のメンバは…大介、ぼんちゃん、フィスさん、ルーディと、…黒ちゃん、てことか」
「葵と千羽は別件だし、アルーシャはセルゥちゃんと例の件で話し合い中…て、そーいやとらはそれに参加しなくていいのかよ?」
「あんまりいくはないよな」
「よかねーのか。後でえっらい怒られるんじゃねーの?」
「いくらでも怒ってくれ。それでマネピスキスの酒が飲めるんだったら俺は本望だ」
「どんだけ酒好きなのお前」
はは、と笑ったトムが「言えば買って来てやったのに」というので、「現地のものは現地でいただくのが礼儀」と返すと「わかった、充分怒られるといいよ」となんだか諦められてしまった。

前方に目を向ければ、ちょうど大介が『異形』の牙を剣で受け止めたところだった。
ぎりん、と硬質のぶつかる音がこちらまで聞こえ、それを受け止めた大介の両腕が赤い光を帯びているのが見える。補助魔法による腕力の強化。大介は主にそうした自身の体に魔法をかけてステータスを強化する魔法剣士、というタイプだ。
大介に牙を受け止められて一瞬の隙が生じた『異形』に、横合いから首を掻き切るように銀光が閃いた。フィブリスだ。
牡丹の大剣よりやや小振りだが、それでも通常では片手で振るうことができないような大剣を、鮮やかに翻すダークエルフ。これで大介のように補助魔法を使っているというわけではないから驚きだ。(どこぞの暴走牛はこの際置いておく)
首を失くした『異形』が崩れ落ちたその後ろ、新たな『異形』が二人に飛びかかる!
「フィス!肩貸せ!!」
大介が叫び、たん、と猫のように軽く跳躍、その足がフィブリスの肩を借りて更に上へ飛ぶ。
大介の両手剣『破壊者の鼓動』が『異形』の下顎から頭蓋を貫いた!
「ちょっと揺れるぞ、とら」
不意に、トムが愛銃『双頭の鷲』を構え、いましがた大介が貫いた『異形』めがけて発砲。
『異形』の胸元からばっ、と血がしぶき、更に爆発を起こす!
「のわぁ?!」
至近距離で爆風をくらった大介が空中で体勢を崩して落下。それを下にいたフィブリスが受け止めた。
「何しやがるトム!!」
「ごめんごめん」
突然の爆発に大介が怒り、トムは苦笑して謝るが、あれはトムがイグニの魔法式を付与した銃弾であの爆発を起こさなかったら、飛びかかって来た『異形』の勢いを殺せずに大介と下にいたフィブリスが『異形』に潰される可能性が高かったための処置、だということに、大介の横で大剣をちょっと掲げたフィブリスは気づいたようだ。
しかしそれも一瞬のこと。残る1体の『異形』の唸り声に素早く武器を構えた。

「ひゃ〜、もーキリないわね!」
とと、とこちらへ走ってくる少女、ピンと立った黒いネコ耳がぴくりと揺れて肩の上の俺を見た。
「……幾寅?」
「おつかれさーん、ルーディ」
凛とした赤い目が「なにしてんのよ」と如実に語ってくる。
「お酒呑みたくて付いて来ちゃったんだよ〜」
「ちょっ、カイト?!」
さらっとにこっとルーディに告げるカイトに思わず声を上げる。と、突然もの凄い殺気に鳥肌立ち、振り返ればルーディの花のような笑み。
「い〜く〜と〜ら〜………後でちょっと話あいましょうね☆」
あ、食われるなこれ。
「愛されてるねぇ、とら」
「愛なの?!これ愛なのかな?!食っちゃうほど愛されちゃってる俺?!」
心配してるから怒るんじゃないの?と返してくるトムに、「心配して怒ってくれても食べられちゃったら意味ないじゃん」と言ってみたら、「つかどうして食べられること前提なのお前」と突っ込まれた。そこから話さなくてはいけないか…
「っと…今は幾寅の歯ごたえなんて考えてる場合じゃなかったわ」
少女の呟きに「ね?」とトムに振ってみると、彼は「あぁ」と納得してくれた。
食べる前提はこの子の方ですよ。
「“展開”!」
なんて突っ込んでいると、ルーディが自身の短剣『捕食者の牙』を前方にかざして、“場”を宣言する。
ふわりと前方、『異形』と前衛二人を包むように青いアラケル・リンクの光が立ち上る。それを察した大介とフィブリスがその円の外へ飛び退る。
ルーディが次の宣言を発しようとして、一瞬詰まった。
『異形』もその外側へ出ようとしている!
一度“場”を解くために短剣を下げようとして、「そのまま宣言!」
トムの声が響き、『双頭の鷲』から放たれた銃弾が『異形』の前足を貫いた!
「“ブロンド”!!」
澄んだルーディの声が、展開された“場”に雷撃を生んだ。
網目のように走る雷撃と、イグニの銃弾でたまらず動きを鈍らせる『異形』。しかしまだ倒れない!
そこへ、「フィス?!」
“場”が解放されるか否かの間際に、フィブリスが突っ込んだ。名残る雷撃にもひるまず、ダークエルフの一閃が『異形』の首を切り落とした。
「……せっかちさんねぇ、フィスったら」
と、倒れる『異形』の横で剣を払うフィブリスの姿を見やりつつルーディの一言。それで済ませちゃうルーディに完敗。乾杯。

始まりましたよー☆どうぞ、最後までお付き合いをば!