『ばらん』


その日、ひどく体調の悪かった私は、電車の吊革に掴まりながら吐きそうな気分で立っていた。

一度電車を降りようか、このまま前に座っている人に吐き散らかしても迷惑だし。
私がそう思い、ドアの方へ歩きだそうとしたとき、不意に前に座っていた女性が立ち上がった。
どうぞ、とにこやかに私へ席を譲ってくれた。
見ればまだ若い、新入社員のような娘だ。
私はありがく礼を述べて、ホッと座る。
そのとき、急にガタンと大きく電車が揺れた。

瞬間、


ばらん


と、彼女の身体が砕けた。
え、と目を見張る私の目の前で、サイコロのような彼女の欠片は、しかし床に落ちる前に音もなく消えた。

周りの人間は至って普通だった。
寝ていたりケータイを打っていたり、今の一瞬の出来事など全く気付いていない。
まるで私と彼らは別の空間に生きているように。
いや、むしろそうだったのかと不安に駆られたとき、斜向かいに座っていた男の子とガチッと目が合った。


彼は目を剥いてこちらを見ている。
それを見たら、先ほどの不安は掻き消えて、私は笑ってしまった。



『ばらん』 完

ほんとに雙眼と展開が似ていて、こういうスタイルが好きなんだな自分と思いました。