「あー寒い、マジ寒い、早く帰ろうよー」
「お前……仮にも初日の出を見てるときによく言えるな」
「だって俺なんかもー吐きそう。気持ち悪い」
「昨日飲み過ぎてんだよ。
そんなこと言ってていいのか?帰ったらりんちゃんのお雑煮があるんだぞ」
「はっ!!そうだった!!尚更早く帰ろうよ!!
イズミンも食べたでしょ?!ね!!」

以上、2010年初日の出観覧の郁と寧さんの会話でした。
出汁に使われたようなセリフを俺に投げかけた後、郁は「先行っちゃうよー!」とコートのポケットに手を入れたまま走り出した。
そのまま転べばいい。

「あいつ…確か初日の出見た言って言い出したのあいつじゃなかったっけ…?」
寧さんの新年初のぼやきに、ご名答、と俺は頷いた。
ちなみにりんちゃんは「うーん…ちょっと寒そうだから、俺はお雑煮作って待ってるよ。写メ撮って来てくれるかな?」とにこやかにかわしていた。
お雑煮と言う魅力的な居残りの名目と、写メを撮って来てくれという有無を言わせない要望と…真意は不明だが見事なセリフ回しだりんちゃん…今年も君に幸多かれ。


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31日の夕方から、俺と寧さんと郁は、東京郊外のりんちゃんの下宿先に集まっていた。
社会人2年目。とても珍しく、5人とも元日が空く都合がついたのだ。
いつもだったらストーカー…じゃなくて、キングが年末年始はストーキング…じゃなくて、"支援"に忙しいから、せっかく地元にみんなが帰ってくる時期だというのになかなか5人が揃うことが難しい。
しかし今年は年越しは無理だったが、元日は空けられるということで、半ば強引に空けてもらった感じである。


「飲みモノが無くなってきてたよな。ちょっとコンビニで買ってくるよ」
と、寧さんが相変わらずの気回しをするので、俺も手伝おうと後を付いて行く。
「和泉も何か買うのか?」
俺を振り返った寧さんが首を傾げるので、いや、違うんです、あんたを手伝いたいんです、と訴えてみたが、やはり寧さんには通じなかったようだった。挙句、「お前も相変わらずだよなー」などと言われてしまった。

りんちゃんの部屋に帰ると、「おそーい!」とこたつから郁が抗議する。
「コンビニで飲み物買ってきたんだよ。お前には雪見大福を買ってきてやったというのに…
そうか、要らないんだな、そうかそうか、俺とりんちゃんで食べちゃおうな」
「いーやぁあーーっ!!ごめんごめん、欲しいです寧さーんっ!!」
「郁。隣、人いるから、静かに」
「!………」
し、と人差し指を立てるりんちゃんに、慌てて郁は手で口を塞いだ。
いつもしてやられている寧さんは、ニヤニヤとしながら郁の前にアイスを置き、それをかなり不満げに郁が見遣ったが、何も言わずにアイスに手を伸ばした。
それぞれがそれぞれに、相変わらずである。
「さっき、キングから連絡あって、今こっち向かってるみたいだよ」
「そうか…じゃぁ1時間半…くらい、かな?」
「初詣行くでしょう?」
りんちゃんによそってもらったお雑煮を食べつつ、3人の会話に耳を澄ませていた。
ベランダに続く硝子戸からのぞく空はすでに夜の気配を追いやり、深い青を見せていた。
付けっ放しのテレビからは特番の合間のニュースが、やや上がり気味のテンションで流れている。他にはエアコンの羽が動く音と、鳥の声と、箸の動く音と…
「和泉?」
横合いから、ぱたぱたと郁が手を振る。
「眠いんだろ?あー…俺も眠い…」
にやりと笑ったかと思えば、ごろんと後ろに倒れてる。
「おい、お前食べたものくらい流しに持って行けって」
「いいよ、そこに置いておいて。あとでまとめて持ってく」
寧さんの声に「あ」と起きかけた郁だが、りんちゃんの言葉に再び倒れる。
無茶を言う割には体力がない男だ。
「和泉、これ、上にかけてやって」
と、寧さんがブランケットを俺に渡す。もちろん、横の食っちゃ寝した男にだ。
「…学校みたいだな」
ふふ、とりんちゃんが笑う。とても珍しい。既に眠ってしまって、ざまぁないな、郁。
同じことを思っているだろう寧さんも、可笑しげに笑っていた。

眠る郁の顔を上から眺めて、ふと思い出す。
さっき、こいつが呟いたのは何だったんだろう。


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「あっけおめーっ!!」
おはよー!と、早朝にも関わらずぶっちぎったテンションで、キングは登場した。
「あけましておめでとう、キング。元気で何よりだよ」
白い息を吐きながら、りんちゃん。
下宿先の最寄駅、早朝郊外ということで人気は少ないが、それでも元日、ちらほらと初詣に向かうような人たちが駅を歩いている。
「"彼女"はどうだった?」
問う寧さんに、キングはぐっ、と親指を立てて言う。「最っ高!!」
キングが高校時代からストーキングしている例の彼女は大学を出てから、なんとCDデビューを果たした。
つまり年末年始のキングは、その年越しライブに勤しんでいるわけだ。これはまさか「キャンセルして来い」なんて言えない。
「最近人気も出てきたみたいじゃん!早くファンクラブができればいいね?」
郁が珍しく人事なのに嬉しそうに喋る。これが新年マジックというやつだろう。
「そうなんだよな!これから初詣だろ?彼女のこれからの活躍を目一杯お願いしに行かにゃな!」
出発出発〜!と意気揚々とキングが先陣を切る。が、あんた行先分かってんのか?

ぱんぱん、と二拍二礼、人ごみ合う参拝の列から外れて、俺とキングが目を走らせるのは境内の中の屋台。
「いか焼き食いたいな〜」
さっき食べたばかりなんだけどね、とキングが笑う。そう言えば偏食…というか、ゲテモノ食いというか、若干の味覚音痴は治ったんだろうか。
「いか焼きってさ、ジャム塗ると美味しくね?」
……健在のようだ。
あいにく屋台にジャムは無かったが、代わりに(?)熱燗とビールが売っていた。
「郁、熱燗飲んでたよな」
気を利かせたのか、いか焼きと一緒に熱燗を購入しようとしたキングに、いや、待ってくれ、あいつもう悪酔い気味だから…、と止めようとしたのだが、
「はは、お前相変わらず何言ってるかわかんねぇな!」
と、底抜けに明るく流されてしまった。
まぁ、いいか!
「あ、キングいいもん買ってる!」
そこに、件の郁が駆け寄ってきた。
「そう言うと思ったので、郁にはこれをあげよう」
「あ……あつか……」
さすがの郁も、朝から熱燗にはびっくりしたようだが、「うむ、苦しゅうない」と言って受け取った。馬鹿だなこいつ。
「ちょ、お前…気持ち悪いって言ってたのは誰だよ…」
うわ、と熱燗の蓋をあけている郁に、寧さんが突っ込んだ。その手にはじゃがバター。
横にいるりんちゃんは自販機で購入してきたのか、ホットの缶コーヒーを5本、腕に抱えている。
いる?とコーヒーをりんちゃんから頂き、かしゅりと開けて一口、じんわりと内側が温まる。
「せっかくだし、ちょっと眺めのいいとこ行こうか。話ながら歩けばちょうどお昼になると思うんだ」
「つまみもあるしな!行こ行こう!」
「…みんな寝てないのに元気だなぁ」
「郁は寝ててもいいぞ?」
「なーに言ってくれやがるの。りんちゃんが行くなら俺だって行くわ!」
そんなわけで、追加で大阪と広島焼きを買ってから神社を後にした。

「今朝はここから初日の出見たんだよなー」
神社から少し離れた河川敷を歩きながら、寧さんが言った。
「綺麗だった?」
「うん、初日の出てなんであんなに綺麗に見えるんだろうな?太陽にしてみれば、全くいつも通りなのにな」
「向こうが変わらないのであればもう後はこっちの心持の話でしょ」
ばっさりと郁が寧さんの問いを切って答えた。やや寧さんは不満げだ。
「あんまり、日の出を見る機会がないからね。珍しいものは綺麗に見えることもあるのかもよ」
言っていることは郁と大差はないのだが、数段穏やかにりんちゃんがフォローした。
話術の重要さがよく分かる例だ。
手持ちの食料が尽きかけた頃、俺たちが着いたのは少し小高い山の麓のハイキングコースの入口。
「……り、りん…ちゃん…??」
入口横手の看板に、りんちゃんを除く4人が唖然としていると、先頭のりんちゃんがくるりと振り返る。
「さぁ、行こうか」
……イイ笑顔すぎる。
りんちゃんのスマイルに、結局誰も抗議できずに新年一発目、俺たちは山登りに挑むことになった。そりゃ歩けない程ではないけどさ。
「いつかもこうして不意に山登ったよなー」
「…あぁ、鎌倉行った時だな」
「そうそう、銭洗い弁天の道を交番のおっちゃんに教えてもらったときにな。あれはおっちゃんにしてやられたよな」
「『ちょっと坂道登るけど』でえっらい登らされたよね!絶対おっちゃん謀ったよ…」
「お寺回りながら向かうつもりだったのに、あれでかなり省いたんだよな」
「……でも、いい思い出だな、それも」
朝の木漏れ日が頭上に降り注ぐ中を、俺たちは途切れることなく言葉を交わしながら歩いた。


思えば、おそらく、この5人で過ごした思い出が一番多い。
たくさんの写真を撮って、それ以上の言葉を交わして、過ごした時間に見合わないくらいの密度のある時間を共に過ごした。
それは"かつて"のことになってしまったけれど。
いくら話しても、思い出には追い付かないだろう。


「着いたよー」
山の中腹。少し開けた場所で、りんちゃんは振り返った。
「おーぉ、こりゃ確かにいい眺めだな!」
恐るべき体力で、全く疲れを見せないキングが歓声を上げる。
そこは、蒼い空と、その下に広がる市街が一望できた。既に高い位置に上った太陽からの光を浴びて、街はキラキラと輝いていた。
「りんちゃんはよく来るの?」
熱燗を飲んだからだろう、かなり息切れている郁がりんちゃんに尋ねた。
するとりんちゃんは「いや」と返す。
「今日が初めて。話は聞いてたけど、みんなで見たいな、て思ってさ」
「…か…」
りんちゃんの返答に、か、と呟いた郁に、か?とりんちゃんと寧さんが首を傾げる。
みんな、その先は聞かない方がいいと思う。などと、俺は心中で呟いた。
耳はいい方なので。
"可愛い"と呟いたのだ。変態め。

「大学は山の中腹だったからね。懐かしい感じだよね」
備え付けてあるベンチに座りながら、りんちゃんがぽつりと落とした。
「春は桜が綺麗だったよな。不思議と紅葉より桜の方が記憶があるなぁ」
「だってキング、桜見るたびに桜餅食いたいって言ってたじゃん」
「あー、そうだ、そうだった、やべー食いたくなってきた。売ってないかな?」
「時期的に難しいんじゃないか?」
本当に話題が尽きないな、この4人だと。
「もう…あっという間だな。卒業から、次の春で3年経つのか」
不意に、寧さんがしんみりと呟いた。
しん、とそのとき初めて、5人の間に沈黙が降りた。
「会えるタイミングも難しくなるだろうな。少なくとも俺は」
遠くを見つめる寧さんの目は、おそらく、自分が戻るべき場所を見ている。
仕事の関係上、寧さんだけ遠く離れた場所にいる。そうでなくても、みんな休みの日が被らなくて近くにいるはずの4人でさえ揃うのが難しいのだ。
「難しくなるから、て言って、じゃぁ春からこっち来るなんてできるのかよ」
刺々しい声音で、郁が返す。酒でも回ってるんだろうか。さっきから何かしらつっかかるのだ、こいつ。
りんちゃんが静かに郁を見て、寧さんが何か言い返そうと口を開いたところで、
「難しくなるだけで会えないわけじゃねーんだから、そんなに寂しがる事ねぇぜ?」
はっはっは、とキングが大笑いで郁の頭を叩く。
ぎょ、と郁はキングを見て、それから無言でため息をつくので、キングの指摘は間違いではなかったようだ。
そうだった。そういう奴だった二人とも。
「難解な奴だな」と寧さんがぼやいて、キングと一緒に郁の頭を叩く。あぁそろそろやめてあげないと、更に郁のシナプスが壊れてしまう。
「寂しいのは同じなのにな」
と、りんちゃんが小さく苦笑した。

恐らく一番長く付き合いのある俺が、郁のそういう"寂しがり"な部分を失念していたように、きっとこれから会えない時間が増える毎に、みんなのわかっていた部分が薄れていく可能性もあるだろう。
それでも、今までの追いつけないくらいの思い出の中で培った…たぶん、"絆"と呼べるものを、ずっと信じていても…
絶対良いに決まっている。


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「…和泉、起きろ」
寝ていた肩を揺さぶられて目を開けてみれば、りんちゃんがしっかりとジャケットを着込んでいる。
え?と思って時計を見てみると、朝6時半。外はまだ暗い。
起きてみると、他の4人ものそのそと上着を着込んでいる。
昨日は、あの後下山して昼食べて、その後はだらだらと夜まで尽きない話を交わして、その後はふたたびりんちゃんの部屋に戻って飲み明かして…そのままこたつで就寝した、まで覚えているのだが。
一体何が始まっているのか分からない俺に、寧さんが郁を指して答えた。
「日の出見に行くんだと」
………なにがどうした。
しかし俺の抗議は抗議にすらならないと自覚していることはあるので、大人しくこたつから這い出てコートを羽織った。

夜明けの空気は昨日よりも冷たく感じた。
はぁ、と息を吐くと白く、吸い込んだ空気は肺を冷やした。
「だってみんなで見たいじゃん」
と、疑問顔の俺に郁は言った。…みんなが文句も言わずに準備をしていた理由が分かった。
昨日と同じ河川敷を歩く5人の間に会話がないのは、話が尽きたからではない。
この静かな空間の中では、言葉など必要なかったからだ。
ただ5人の歩く靴音だけが、辺りに響いていた。
やがて、先頭を歩いていた郁の足が止まる。ちょうど、昨日日の出を見た場所。
「お願い事したか?」
沈黙を破って、りんちゃんが俺たちに尋ねた。
「そういえば…すっかり忘れてたな」
後ろ頭をかいて、寧さんが答える。俺も忘れていたのだけれど。
「俺はしたよ」
と、郁は返した。そうだ、こいつ、昨日何か呟いていた。あれはなんだったんだろうと思っていたけれど、お願い事だったんだな。
「そうか、じゃぁ俺たちもお願い事しなきゃな」
どういう理屈なのか分からないのだが、そういうことになったようだ。
だんだんと空が明るくなってくる。川の流れる先、遠いビルの間から、白い太陽が昇る。
見つめるには眩しすぎるくらいの光。
たっぷり5分。
完全に太陽がビル群の影を離れるまで、俺たちは黙って見つめていた。
「…で、キングは何をお願いしたんだ?
"彼女"のファンクラブができますように?」
ニヤニヤ、と寧さんがキングを覗き込む。すると、「へ?」と予想外にキングが驚いた。
「何言ってんだよ。それは昨日ちゃんと神社でお願いしたからな!
今のは、"今年もみんなにイイコトがたくさんありますように"だ!」
にか、とキングが笑う。
「…キングのそういうとこ、反則だよなぁ」
苦々しい顔つきで、郁がぼやく。一理あると思った。
「寧さんは?」
今度はりんちゃんが尋ねると、寧さんは少し恥ずかしそうに俯いて、
「…"なるべくたくさん、みんなに会えますように"…」
ぷっふー、と噴いたのはキングと郁だ。お前らなぁ!と寧さんが怒鳴る。
やれやれ、二人とも嬉しい癖にな。
けらけら笑う二人をキッと一瞥してから、寧さんはりんちゃんに問い返した。
「俺?俺はキングと同じ。"今年もみんなにイイネタがたくさんありますように"」
「ちょっと単語が違ったんですが、りんちゃん…」
え、とビックリドッキリのキングがささやかに突っ込む。
そうかな?とりんちゃんはイイ笑顔だ。正月早々、りんちゃんの笑顔が2度も見れて嬉しいやら怖いやら。
ふと郁を振り返ると、昇り切った朝日を少しきつく睨んでいるように見えた。それは。
そう、ずっと昔、ケンカで負けたときの横顔だ。
『今年は』
と、彼は昨日呟いた。去年は…何かに負けたんだろうか。今年は、…?
「…何?」
眩しさにか、眉をひそめた郁が俺に気づいた。色々と聞きたいことはあったのだが、とりあえず。

「明けたか?」

一言尋ねると、郁はきょとんとして、それから笑って頷いた。
「和泉は何をお願いしたんだ?」
さっきの続きだろう、寧さんが俺に尋ねた。
お願いは…実はしていない。きっと、俺が願うことはみんなも願うだろうと思っていたからだ。
そしてそれは正解であった。それで十分だと思った。
なので俺は、郁も無事に"明けた"らしいので、心おきなく挨拶しようと思う。
くるりとみんなを振り返り、大きく息を吸い込んだ。


「明けましておめでとう」








意味不明すぎて、みんなのきょとんとした顔が並んだ。
いつもと変わらない、しかし幸先のいい始まりだ。




『あけましておめでとう』 終

そんなticoは4人にまだ年賀状を書いておりません。(爆) こ、今年もよろしくーっ!!