007. お茶会は精霊と共に




「………どうしたんだ、その格好は…?」
部屋の扉を開けたフィブリスが、開口一番に俺に問いかけてきた。


セルゥの“クエスト”を受けてから数日。
前に受けていた討伐の“クエスト”をこなしてから、俺たちは次のセルゥの“クエスト”の下調べ兼準備期間に入っていた。
と言っても、下調べ段階ではほぼ俺とアルーシャ、ルーディくらいしか動かないし、他の子たちは調整という名の休暇みたいなもんだ。
この期間、学校の授業も免除されるので、本当に時間を持て余す子は持て余している。
というわけで、現在、大介の自室(ついでに俺の自室)にて、ささやかな「大人の茶会」を過ごしているのだが…
「いくちゃんのセクスィ〜ショットを囲んで飲み会、てとこだよ」
なー、と首を傾げてトムが爽やかに状況を説明してくれやがった。
「やー、せっかくの酒が不味くなるわなー!」
そしてこれに、ちゃっかり便乗している大佐が追撃をかけた。
とりあえず潰れてくれないだろうかこの二人。
黒ローブではない、羽織っただけのタオルの前を合わせて二人の発言に笑う俺は、きっと寒さだけではないひきつった笑顔をしているだろう。
「……ルーディがな」
状況を掴めず首を傾げているフィブリスを振り返って、俺は話す。
それは数時間前のこと。

「いくとらー?あなた、前にお風呂に入ったのはいつだったかしら?」
にっこー、とそりゃもういい笑顔でルーディスが尋ねてきたとき、うっかり学食のテーブルで寛いでいた俺は逃げ場を失っていた。
「……えええと……3週間前には…たぶん…」
「そうだったわね、3週間前にも私が放り込んだんだものね、それ以来なわけね。
今日がいつだと思ってやがるのかしら?」
にっこりと、更にルーディスの笑顔が深まる。
最近気づいたのだが、2日に一回はこうしてルーディスによる生命の危機を感じなくはない。
「少し大介のこと考えなさい。風呂に入ってない生き物を肩に乗せてるのよ。
私だったら2日目で風呂に放り込んでいるわ!」
やることはとても痛いことが多いのだが、ルーディスの言っていることは正論ではあった。
「というわけで、幾寅?
ちょっと剥がさせてもらうわ、よ!」
「ちょ、ここでぇぇっ?!」
きゃーっ!と被害者ぶってみて(被害者だよね完璧ね)悲鳴を上げたが、ルーディスはお構いなしにローブに手を掛けて、
「そうよ?ローブは私が洗ってあげるから、あんたは風呂に入ってきなさい!」
「わあぁぁぁああっ!!ルーディのへんたーいっ!!」
「ふーん?まぁ、捕食者より変態の方が幾寅にはいいかもしれないわよね?」
「…」
あ、何も言えねぇや☆
はい、ばんざーい、と殊更にこやかなルーディスに逆らえるわけもなく、大人しく身ぐるみを剥がされてしまった俺は、そのままルーディスに摘まれて寮の風呂まで連れて行かれましたとさ。

「…え、とら、学食で全裸だったわけか?」
「違うわっ!!!」
ぎょ、と引いたフィブリスに、俺は全力で否定した。
「ローブの下が全裸ってとらちゃんの方が変態じゃねーか」
「全裸じゃねーよ!ちゃんと着てるっつかダイレクトではありません!!」
ちゃんと着てます。なんか、白いやつ。
湯船にそれごと放り込まれたため、現在それも乾燥中。
「それより!」
いまだわははと笑っている大佐は放っておいて、俺はもう一度フィブリスを振り返る。
「フィスさん、何か用事があったんじゃないのかね?」
「あぁ…まぁ」
「酒もあるし、フィスも呑んで行けよ」
トムが並べていた酒瓶を一本取って、フィブリスに渡す。サンキュ、と白い八重歯を覗かせて笑いながら、受け取るフィブリス。
「とら、今度のクエストを依頼してきた子、どんな子なんだ?」
ビンの蓋を空けながら問いかける。
「セルゥか?」
確認に聞き返すと、ぐ、と一口あおってから、「そう」と返ってきた。
「…どんな子、てもなぁ?」
「俺、あんまり知らねえんだよ、この間、討伐から戻って来たときに初めて見たくらいでさ」
「割とそのとき見たまんまだよ、俺の認識も」
「かなりクールビューティな感じだったよな」
と、これはトムの発言。
「イメージの話もあるんだが…まずは、基本データ的な部分を聞きたいな」
話せるところまで聞かせてくれ、とフィブリスが促す。
俺が既にファセルゥラに関しての情報を持っていることを確信しての質問だった。
相変わらず、こういうところの抜け目がない。
「魔法史研科の召喚魔法習得中、てのはいいよな?」
「あぁ。その関係の今回のクエスト、てことか?」
「うーん…そこまではちょっと分からん。でも全く関係なくはないだろうな」
「ピスキニアン」
「そう、ピスキニアン。珍しいことに、南レフェスの出身だ」
「へぇ。この間行ってきたマネピスキスじゃねぇんだ」
行ってきたのか?などと、大佐がトムに聞いて、討伐にな、とトムが返しているのを視界の端に捉えつつ、先を進めた。
「なかなか古い家のお嬢さんのようだ。代々召喚士を輩出してきた名家。
コアトリクエの召喚にも、過去に幾度か成功しているよ」
そして本人も、かなり優秀な成績者のようだ。
「一度契約しているなら、何でもう一度契約するんだ?」
ふと、大佐が質問した。
「召喚は普通、個人の単位でするものだからだよ。召喚者が何らかの形で消失したら召喚できる人がいなくなるだろ?」
「ふーん…?」
と、分かったような分からんような返事をする大佐。召喚の方法自体にぴんとこないのかもしれない。
そもそも一般的に、召喚魔法というものにかなりの誤解が生じている分野だ。
「習慣、なのかもしれないな」
ぽつりとフィブリスが落とす。
「コアトリクエに限らないかもしれないが、高位具象体と契約することが、その家のしきたり、とか」
「うーん…そこまではなぁ…」
フィブリスの推測に、俺は肯定しかねた。
ありえない話ではないし、むしろ可能性は高いかもしれないが…
「だとしても、見習いの間にそれをさせるってのもなかなかのリスクじゃねー?
つーか、家で代々契約してるならとらに聞かないで家に伝わる情報みたいなのがあるんじゃねぇの?」
トムが俺の疑問を代弁した。
「家のしきたりなんて、たいがい無茶ぶりなもんだぜ?」
そして、それに大佐が変わらない笑いで返す。
そのやり取りを見送ってから、思わない所でもなかったが追及のしようもなく、俺はフィブリスに返す。
「まぁ…こんなもんですよ、話せることは。他には何かあるかい?」
「…いや、今はこれでいい」
そうかい、とやはりこれにもそれ以上追及せず、俺は足もとに置きっぱなしだった小さな人形用のコップを取って、ぐ、と酒をあおる。
話し続けていたせいか、乾いた喉にじんわりとマネピスキスの酒が沁み渡っていった。


フィブリスがあれ以上を追求しなかったので話はしなかったが、風呂に連れて行かれる間に、ルーディが俺に話してくれたことがあった。

「…この間のセルゥは……少し様子がおかしかったわ」
真っ直ぐ前を見つめて話す彼女の紅瞳は、おそらく“クエスト”を依頼した時のファセルゥラを見ていたのだろう。
「元々しっかりしてて、落ち着いていて、そんなにはっちゃける子ではないけれど…
この間のは…なんていうか…」
綺麗な眉を寄せて、ルーディスは言葉を探す。
「……とても緊張してたみたい…」
焦っているような感じがした、と彼女は補足した。

意外だった。
とても冷静…というよりは、どこか冷徹でさえあったように感じたのだけれど。
こっそりと『連なる記憶』を調べてみたけど、それらの情報より、俺はルーディスのこの言葉の方が気になっていた。
 
 

大介さんにあんな生き物ですみませんとしか言えない・・・