071. 小人は古い文字を綴る




「あなたが、噂の“識者”さん?」

それは昼休み、『ホーム』の食堂で大介がボンヤリとフォークにイチゴを刺したままだったので、俺がそのイチゴを「うりゃー」と引っこ抜き、大介が「なにすんだこらぁぁっ?!」と叫んだタイミングで声はかけられた。
一体どんなタイミングかと言われそうだが、男はときに無意味なものに意味を見出す生き物であることを記しておく。
声をかけたのは一人のピスキニアンの少女だった。
しなやかな銀髪に、蒼い瞳がよく映えている。
「そうですが、お嬢さん?俺に何かお尋ねことかな?」
『冒険者』の卵であるここの学生は、そのお仕事がら、たくさんの子が俺に尋ねことをしてくる。
本当はそういう情報も自分で集められるようになってから利用するはずの“識者”ではあるが、何せみんな心得ているんだ。
どこから持ってくるのか、ここの学生が持ってくる酒はみな旨い。

「えぇ、お聞きしたいことが…」
「いかようにもお答えいたしましょう」
だからお酒をください。と期待を込めて見つめてみたが、彼女はわずかに首を傾げただけであっさりと話を続けた。
…別に、どこかしらに明記しているわけでもないただの暗黙の了解みたいなものだったから、彼女に問い詰めるわけにもいかず…
後ろで大介が小さく吹き出しているのを甘んじてみた。しかしイチゴはもらった。
「コアトリクエを調べてほしいの」
「コアトリクエ?」
大介が素直に聞き返した。
しゃくりと抱えたイチゴを一口食んで、俺は二人に概要を答えた。
「コアトリクエ。半人半獣の姿をした『子呑みの母』を意味する…召喚獣デス」
「召喚獣!…あんたまさか…」
はっ、として大介が少女を見た。
その彼に、少女はこくりと真顔で頷いた。「契約をしたいの」
まじまじと、大介が彼女を見た。おそらく初めてなんだろう。契約をしたいと言う人間を見るのは。

ぶっちゃけた話し、契約したからと言って自分自身の何かしらの身体パラメータが伸びるわけでもないし、契約自体に危険が伴うし、契約した後も別に呼びだすのがタダというわけではないし、一体何のメリットを求めて契約するのか分からない。
一昔前には高位の具象体を呼びだすことに名誉が与えられていたという話も聞くが、今となっては単なる自分のレベルを見極めるくらいしか目的がないかと思っていたけど。
どうも、この目の前の少女はそういう単純な目的ではないようだ。
「コアトリクエーコアトリクエー…は、確か…西の方だったかな」
「方角なんてあるのか?」
素朴な疑問を少年が返してくるが、俺はしれっと流した。失言失言。
ぱらら、と腰に下げていた本『連なる記憶』を開いた。
少女が本を覗き込んで、わずか驚く気配がした。そりゃそうだろう。
この本は白紙だ。
これからここに吐きだしていくのだから。
俺は少女に掲げるように、白紙の本を持ち上げて、『宣言』する。

「ひらけ

かそうちゅうしゅつりょういき ちしき・召喚
しゅとく 名称 出現場所 顕現条件 容姿 属性
りょういき マピキネシス大樹 砂礫を歩む賢老 百家見識者 シン獣召喚士一派
じょうけん 女性 母 蛇 半人 子呑み ……」

つらつらと『じょうけん』を並べる俺を、少女は眉をひそめて眺めた。
無理もないけど精査して『じょうけん』を並べている今は他のことに気を向けられない。
ちらりと大介を見やったが、ぎょ、とした顔をして首を振った。ダメなのか。
「それも詠唱、だよ」
不意に、その大介の後ろから落ち着いた声が響いた。ひょいと顔をのぞかせたのは、赤髪の隻眼…千羽だ。
「これが『詠唱』?ずいぶんと物々しいのね」
「そうかな。元々はこういうものだったようだぞ。今では魔法式がこれに代わって、発動には『宣言』というクラスと、『力の名前』を呼ぶだけでいいけどな」
「…つまり、物々しいんじゃなくて、古い言葉なわけね」
ふうん、とさほど驚くでもなく、彼女は『詠唱』を続ける俺を見下ろした。
そこには期待もなければ不安もない。なかなか読めない子だなぁ。
『じょうけん』を上げるだけ上げた俺は、
「いじょう!」
と最後の『宣言』を発令する。
と、

ぱしんっ

「おや?」
開いたページに、叩きつけられた四文字。

“取得失敗”

「「ぇええ〜〜??」」
「ちょ、うっさいよ?!」
大介と千羽がタッグを組んで声を上げる。ひでーよ!
「くっそ〜…なぁに間違ったかな〜?」
「……それは、調べられないということかしら?」
ふと頭上から、冷ややかな声が降ってくる。見上げると、まぁそこにはピスキニアンの冷淡な眼差しがあるわけで。
「“識者”といえば…いかなる質問にも答えてくれる『賢人』に近い存在だと聞いていたけど…?」
「待てお嬢さん!人には向き不向きというものがありましてね、俺はどっちかっていうと詰めの甘い人間なんでこういう細かい作業は」
「いきなり自分の職務を放棄してきたわね…」
うわぁ、という顔の少女。俺は深くため息をついて、フードの上から頭をがしがしと。
「数日貰えませんかね?中身練り直すんで…
ええと…」

「セルゥ…?」

唐突に入り込んだ声に、その場の4人が一斉にそちらを振り向いた。
そこには、ぱちくりと大きな目を瞬かせる黒いレフェシアンの少女、ルーディスが。
「ど…どうしたの…?」
「そうか…ルーディのいるパーティだったのね」
ふむ、と頷いて、ピスキニアンの彼女…こっそり『後ろ』で引っ掛けてみたらファセルゥラという名前の少女…は、ルーディに向き直った。
「あなたたちの“識者”さんに用があったの。」
「幾寅に?」
それ自体はさほど不思議ではないけれども、と言いたげなルーディ。
その彼女に、ファセルゥラはきっぱりと告げた。

「あなたたちに、召喚獣召喚のための補助を、クエストするわ」



とりあえず、そこで一同が凍りついたのは言うまでもなく。


セルゥさんはほんとはこんなにクールではないのだと思うのですが…私のイメージが(笑)