015. 黎明のかけら




「…な〜んて言われて、「はいそうですか」と引き下がると思ってるのかしら?」

掌に収まるほどの蒼い鉱石を軽く投げてはキャッチして、不敵に微笑むのはルーディだ。
その真正面では、セルゥがあからさまな渋面を作っている。
「…なんて言われて、「じゃぁちょっとそこまで付き合って」と言えるとでも?」
細い腕を組んで、セルゥは斜めにルーディを見る。
「そんなことならばますます引き下がれないわね」

「…ちょ……何がどうなったんだ…??」
二人を遠巻きに眺めている(しかない)男子の中で、女子両名の見えない火花でも感じ取ったのか、大介が青ざめた顔でこちらを見やる。
何がも何も……見たままなのだが。
「セルゥはどうやら、一人でコアトリクエの召喚をするつもりらしい」
「へ?何でだ?召喚を手伝うのが今回の俺たちのクエストだろ?」
フィブリスの返答に、大介はきょとんとする。
「召喚に必要な媒介などを揃えるのは手伝えるけど、結局『召喚』するのは本人だからな。
呼びだしたものと契約を交わすにはそれに見合った力を相手に示す必要がある。
それに他者が介入は出来ないだろ?」
例えば、周りの衆人がどれだけ召喚者のことを「こいつすげーんだぜ!!」と言ったところで、本人が何もしなければ召喚された方は「で?」という反応でしかない。とフィブリスが説明した。
その話には矛盾が無い上に通説であるのでそのままにしておき、
「しかし、他者が付き添うことで避けられることもある」
とそれに逆説で続けた俺の言葉に、大介は首を傾げた。
「召喚に失敗したときに受けるリスク」

召喚とは、いわゆる『異界』に存在する『力』をこちらの世界に具現させることを指す。…ことを、今日の召喚士と呼ばれる人たちの中でも認識が薄い。
「契約」などと言うからなんとなく、どこかの世界にいる獣とか神さまそのものを呼び出して「今日から俺の下僕な!」なんて約束するような考えが多いのだが、それは誤りである。
確かに呼び出されたものには自我があったり思考があったりするが、実はそれは召喚士本人が与えているものなのだ。
古くは、契約を「開通」や「成立」と呼んでいた。
というのも、召喚が誰かとの約束ではなく、単に『異界』からこちらに力を引き入れる『道』を、魔法式によって開くことであったからだ。
それが種々様々な姿を取っているのは、その方が召喚に都合がいいからである。
魔法は式と知識と想像で成り立つ。召喚魔法も例外ではない。
形の無いものを呼び出すことは難しい。であれば、こちら側で呼び出すときに形を与えてしまえばいいのだ。それ故に、召喚には他系魔法と比べて極めて正確な知識と描写が必要なのである。
それが世代に受け継がれることにより形式化し、ある程度の姿や階位が整理され、今の『召喚魔法体系』となっている。
先ほどのフィブリスの話も、おそらくはその過程でより「想像しやすく」するために誰かが例えた話が一般説になったのだろう。呼び出すものの正確な知識とイメージがあれば、ある程度までの召喚は可能であることは今までの召喚の歴史が立証しているのでとりあえずそのままでいいのかもしれない。
呼び出すものについて面白いのは。
上位階の召喚になるにつれて、姿が曖昧になってくることだ。現在、全ての召喚神・獣において最高位にあるのは"それ"である。名前も形もない。
召喚士を目指す人たちなら一度はその記述を目にし、首を傾げたことだろう。
しかし以上のことを踏まえれば何ら疑問は無い。おそらくどこかの無駄に天才な誰かが、名前も形も付けられないほど巨大な何か…それこそ『異界』そのものを呼び出したのだろうと思われる。

なんてことを首を傾げている大介に解説をしようかと思ったが、その前に可憐な乙女二人の秘密の花園のような会話に決着がついたらしい。
セルゥが深いため息をついて媒介となる蒼い鉱石を受け取っているところを見ると、どうやらルーディに軍配が上がったようではあるが…こちらを振り返るルーディの笑顔にも、なぜか影が差しているように見えた。
「と、言うわけだから、あたしはセルゥの召喚に付き合うわ。
みんなはどうする?」
「俺も付き合うということで自然と大介も付き合うことになった」
「ちょ、とらてめぇっ!!」
「そこのミジンコはその辺に放っておけばいいとして、大介、あなたは?」
ルーディの言葉に切って捨てられた俺を笑うどころか気の毒そうな目で大介が見るので、「べ、別に悲しくなんか」と言ってみたら今度は何事もなかったようにスルーされた。リリースしたらちゃんとキャッチしてほしい。
「召喚にリスクが伴う上に、それは俺たちがいれば回避も可能だと聞いたら、付き添わないわけないだろ。
曲がりなりにも二人とも女だしな」
きっぱりと言い切った大介に、葵がこくこくと頷き、フィブリスと千羽が小さく笑った。
野郎どもの返答に、ルーディはにっこりと、本当ににっこりと笑って、ありがとう、と頷いて、
「…曲がりなりにも、女の子だもの、ね。だいすけ?」
「…………ぁ」
彼の肩の上で、大介の血の気の引く音が聞こえた気がした。



時刻は逢魔時。大禍時、とも記す。
常世と常夜の境界が曖昧になり、世界の形が崩れる時間。召喚するにはもっとも都合のよい時間と言えるだろう。

「"応えよ"」

正円の魔法陣の中心に立ったセルゥが、右手の三つ鈴を鳴らす。
俺とセルゥが朝に来た海岸近く、目の前には海と森、背後には切り立った崖から続く霊峰。
一歩歩くごとに目まぐるしいほど景色が変わる場所に挟まれてはいるが、半径3メートルの円を描くには、『不測の事態』に備えるには、十分なスペースを確保できたこの場所は。
高位具象体を呼ぶに相応しい、神領。

「"応えよ"」

白線を引いた陣が、淡く蒼く輝きだした。まるで蛍のような燐光が、ふわりふわりと湧き上がる。
しゃん、と。呼び出すものとは遠くかけ離れた細く繊細な鈴の音が響く。
鈴の音は、とある宗教では風の声であり、とある宗教では神の声だという。どちらにしろ、神聖な楽器であることに違いは無い。

「"応えよ"」

セルゥの涼やかな声と呼応して、蒼い燐光はその数を増やしていく。
正確には、"道よ、応えよ"ではあるのだが、呼び出すものの知識と想像がおっついていれば掛ける言葉は多少異なっても問題は無いのだろう。
現に、こうして"向こう側のもの"は呼びかけに応え始めていた。
ぴり、と空気が変質した。
中央のセルゥの表情が強張り、フィブリスが剣の柄に手を添えた。
大気が静電気を孕んで、中央に置かれている蒼い鉱石から外へ外へと流れ出した。セルゥがもう一度強く三つ鈴を鳴らすと、最後の宣言をする。

「"応えよ、アイラカの理に則り顕現せよ、コアトリクエ"」

ぎぢっ

嫌な金切り音とともに、怖気立つような衝撃波が走る。
蒼い鉱石から這い出てきたものは、昨日彼らが討伐したヒト型の異形にも似た、蒼い大量の水で構成された巨人。
「構うなファセルゥラ!道を維持しろ!崩れるぞ!!」
出てきたものを見て咄嗟に呼びかけるが、目の前に顕現した物体を呆然と見詰めたまま、セルゥは動かない。
失敗だ!
そしてそれは等しく、呼び出したものの力の暴走を意味する。
フィブリスが駆け出し、呆然と動かないセルゥの小柄な体を抱えて魔法陣から退避する。直後、その大きさに見合わない速さで振り上げられた巨人の腕が、術者の居た場所を押し潰した。
何故、という表情で陣中の蒼い鉱石を見つめるセルゥ。
なぜ…「コアトリクエではない…?」
珍しく呻くように、千羽が疑問を零した。しかし、すぐに弓を構えて、放つ。
矢は巨人の足元を穿ち、イグニの付与により爆発する。だが、揺るがない巨人。
我に返り、駆け出すルーディの後を、舌打ちをした大介が駆け出した。その腕には赤い燐光。走っていく先には、フィブリスが巨人の腕を受けとめようとして、剣をすり抜けた腕に押しつぶされた。
「あ、ちょっ、とら?!」
葵の肩を飛び降りようとした俺を、素晴らしい反射神経で中空でキャッチした葵。衝撃に、やや内臓を圧迫された。
「なにするつもりなの?!向こうに行ったらぷち、だよ!」
「アレを還す!大丈夫だから離してくれ!」
「還すって…?!アレが何か分かってるの、とら?!」
もがく俺の失言に、葵が突っ込んだ。一瞬、次の言葉が詰まる。
「っ…知ってる…!」
それこそなぜ、という顔で葵が俺を見た。
「離してやるといい、葵」
再度弓を番え、千羽が呆れたようにこちらへ声を掛けた。「それが最良のようだし」
千羽の言葉に不可解の色を残しながら、葵は俺を下へと降ろした。
固い大地に足が付くと同時、駆け出す俺のはるか頭上を千羽の放った矢が突き抜けて行く。
「ちょ、ちょっと…幾寅?!」
煽る風をまともに食らい、フードが後ろへ流れる。耳の良いルーディがいち早く俺に気づいて駆け寄るのを「構うな!」と制止した。
「その巨人を還す!みんな下がむぉ!?」
「待って!還さないで!!」
本を開きかけた俺の頭上から唐突な圧力がかかった。聞こえたのはセルゥの声だ。
「この巨人はイラマテクトリ!死者の世界の番人で出産時に死亡した女性の魂の結集した魔物だけど、一方で戦を勝利に導くとされる地母神!
私は」
ぎゅむ、と柔らかなセルゥの掌で抑えつけられながら、俺は彼女の宣言を聞いた。
「このモノと契約します。力を貸してください…!」
切実な、しかし迷いのない声が巨人の咆哮の中に響いた。
「最初からそのつもりだって!」
何度も振り下ろされる腕を避けつつも一定の距離を保とうとする大介が、何を今更とばかりに叫んだ。
「って言っても、どうすればいいの?!」
物理的な攻撃も、魔法を付与した攻撃も、巨人には全く影響を与えているようには見えなかった。
広くサフォケイトを開いて巨人の腕から自分ごと俺とセルゥを庇いながら、ルーディは問う。
「私がもう一度、道を開いてイラマテクトリを制御下に置くわ。それまで、…………頑張って!」
「最強呪文んんーーっ?!」
ぐっ、と潔いまでに親指を立てて逃げようのない最後の呪文を唱えるセルゥに、ルーディは堪らず突っ込む。
「なるべく早くしてよね?!」
しかし反論はせず、ルーディは軽やかに巨人へと向かって駆け出した。
「"あれ"をイラマテクトリに「する」というのかね?」
ようやく圧力から解放され、俺は立ちあがってセルゥを見上げた。
「そうよ。道を開いてイラマテクトリとして「上書き」するの」
「イラマテクトリの理解は充分なのか?上書くのならより正確な知識と確固たる想像が必要だぞ。
君は召喚の真の原理を理解しているようだから聞くが、そもそもこの状況で道を開けるのか?」
「両者は保障があると回答するわね。とりあえず後者に関しては」
そう言って、彼女はそっと両手で俺を抱え上げ、視線を合わせた。
「私を謀った代償として、還すために開こうとしていた道を開いてもらいましょうか、『識者』さん?」
にぃっこりと綺麗に微笑むセルゥに、俺は逃げるはもちろん、拒否できるはずもなく。



「つなぐ たそかれの大海」

『異界』への接触を宣言。ぼ、と足元を蒼い光が灯る。
この向こうに、あの混沌とした思考と思念の世界が繋がっている。

「けんげんしゃ 彷徨える案内人
かぎ 身近なるものの声に耳を傾けよ」

足元が抜けて落下するような独特の感覚。
巨人の体表が波打った。今、俺を中継して『異界』とあの巨人を結んだのだ。
気配に気づいた巨人が、俺とセルゥの方へ腕を伸ばす。が、それがこちらに届く前に、フィブリスの大剣が風圧をまとって大量の水を弾き飛ばした。
ヴィンテマの付与。おそらくルーディによるものだろう。
セルゥを見やれば、彼女は彼女で「上書き」の準備をしていた。『博者の叡智』の杖の先に埋められている紅石で地面にイラマテクトリの構成の為の魔法式を素早く、かつ正確に書き出していた。

迷った。
今、この足元はあの巨人と『異界』を結んでいる。
『識者』たる自分には彼女たちが準備した媒介も時間も関係なく道を開くことが可能である。その権限を有しているために。
だからこのまま問答無用で『異界』にあれを還してしまうこともできる。あるいはそうすることが『識者』たる自分の役割だろう。
しかし。
「セルゥっ!!」
鋭いルーディの声に顔を上げると、巨人の放った巨大な水鉄砲が飛んでくる。「アウラ!」
ルーディとセルゥの二人が張った黄金の障壁が完全に水鉄砲を防いだ。
「大丈夫か?!」
遠くから千羽が声をかける。それに「ばっちこい」と返してから、俺はセルゥを見上げて、
「君"たち"を信じた」
と告げた。
訝しげなセルゥににやりと笑って、俺は宣言する。

「イラマテクトリ召喚において我が権限を彼の者に"譲渡"する

だいこうしゃ ファセルゥラ・レイシェル」

せめてものお詫びに。
俺の宣言にぎょ、と目を見開いたセルゥの足元へ、俺の足元にあった光が移った。
「あとは君次第だ」
媒介なしに直接『異界』と繋がるその重圧に、セルゥの膝が一瞬だけ抜ける。しかし、『博者の叡智』に掴まりなんとか耐えた。
「……上等、ね」
長い銀糸に見え隠れする青い双眸が、強い光を帯びて。
とん、とん、とセルゥと俺の周りをアラケルリンクの光が迷ったように灯る。「?」
幾度目かの燐光。ぱ、とようやく意を決したかのようにアウラの障壁が俺たちを包んだ。
葵だ。そちらを振り返ると、遠隔発動成功にホッと笑う葵が小さく手を振った。これでしばらくは巨人の腕に気を散らすことが無いだろう。
ありがとう、と彼に見えるようにぶんぶんと腕を振る。

「"応えよ"」

しゃん、とセルゥの三つ鈴。地面に描かれた魔法式が、じわりと発光する。
同時に巨人へ駆け寄った大介とフィブリスが、ヴィンテマの付与された大剣で巨人の足元を薙ぎ払った。さすがにバランスを崩し、巨人の身体が傾いて地面に叩きつけられる。
ばしゃん、と衝撃に水飛沫が上がった。うず高い表面張力で盛り上がった巨大な水滴のような身体が、しかしゆっくりと起き上がろうとしている。

「"応えよ"…!」

掠れたセルゥの声が響いた。見やれば、眉間の皺を深くしたセルゥの表情。"譲渡"した自分には、彼女の苦労が手に取る様に分かった。
いうなればチューニングだ。あの巨人へ…正確には巨人の核となっている蒼い鉱石へ、道を合わせようとしている。
俺から彼女へ『異界』の扉を渡す際に、道は一度ずれていた。それは致し方ないことで(何せ俺と彼女は別人なので)あり、極力近くには寄せてはおいたが最終的には彼女自身が極めて正確にあれと道を合わせなくてはいけない。
なにがどうあれ、「一対一」あるいは「自分と相手」が召喚魔法の召喚魔法たる定義なのだ。
道しるべとも、『異界』との緩衝材ともなる鉱石は無い。正真正銘自身の力による。
自分の力量を測るというのは伊達ではなかった。
「…あぁ違う…もちょっと上な感じ…てぁぁぁそっちは行きすぎだって違う違う、あと半分くらいいやいやだから」
「う る さ い わ ね 。
ちょっと黙っててほしいわ…」
ヒヤヒヤしていた俺に、ギロリとセルゥが言葉を突き刺した。しょんぼりである。
「…"譲渡"してくれた期待を…裏切りはしないわ」
小さく無理やり笑って、セルゥが言うので…そうだったと俺も腹をもう一度括る。早すぎる後悔は再度あの辺の海にポイ捨てした。
きゅう、と大気を切る音を立てて、光が天高く上った。千羽のイグニの矢だ。
起き上がりかけた巨人の真上に上ると、四方に弾けて地面に降り注ぎ、ごぉ、と一気に炎上した。そこへ更に、ルーディと葵のイグニマが重なる。
大層なキャンプファイヤーに、巨人の巨躯の蒼に朱が入り混じる。
いくら大量の水で構成されていようと、この3重の火炎壁を突破するのは時間がかかるだろう。これで動けまい。
正味な話、物理的な距離や位置など道を繋げる作業に何ら関わりは無かった。しかし視界と思考は蜜月の関係を結ぶ。
動いているものと道を繋げることと、静止しているものと繋げることと、どちらが容易なのかは文字通り火を見るより明らかと言うものだ。
「…ありがとう」
静かに、セルゥが礼を述べた。それは自信と決意に満ちた声。
「"応えよ"」
声に応じて、見えない道が揺らぐ。ぶれる。近いが、はまりそうでかち合わない。
「…"応えよ"…」
ぎりぎりと音が聞こえそうなほど。もどかしい。
「…"応えよ"…!」
直接引き入れている『異界』の暴れるような手綱を、……あ。

ぶちん、という音がセルゥの方から聞こえた気がした。

「大人しく言うことを聞きなさい…っ!
"道よ応えよ、アイラカの理に則り顕現せよ、イラマテクトリ"!!」

綺麗な怒声とともにがつん、と杖が振り下ろされ、がちっと"繋がった"。
瞬間、強い光と風が巨人から放たれ、3重もの火炎壁を吹き消した。

「…っと」
耐えられるわけもなく後ろへ吹き飛んだ俺を受けとめたのは、いつの間にか近くに来ていた葵。
葵はにこりと笑うと、すぐに前方に顔を上げた。その視線を追って振り向けば、そこに居たのはピスキニアンの少女の前に跪く白磁の肌をした女性。
巨人ほどの大きさは無いが、それでも大きさは少女の2倍近くはあるだろう。流れる蒼い髪が、滴る様に燐光を放っている。
セルゥは『博者の叡智』を女性の額に当てるように掲げ、厳かに宣言した。
「今ここに、私はあなたを構成します。
……"道は開かれたり"」
しゃん、と最後の鈴が鳴ると、女性の姿は流れるように崩れた。
そしてセルゥの手には、一つの蒼い鉱石が。
「……終わった…の?」
肩で息をしているルーディが、低い声で尋ねる。
「えぇ」と、セルゥはそれににこやかに応えた。
終わったというか……ねじ伏せたというか…。俺はピスキニアンの彼女の、外見とは全くかけ離れたガチンコ精神にちょっと怖くなった。


「お疲れさん」
腕を回したり首を回したりして、大介と千羽、そしてフィブリスが戻ってきた。
「はぁぁ…今回ばかりはひやっとしたわ…」
くたり、と本当に珍しく、ルーディが座り込んだ。前衛支援とはいえ、本来ならば魔法特化の傾向にある子だし、今回は…そう、後ろに守るべき人がいたことも関係しているのだろう。
苦笑気味にセルゥは笑って、その友人に手を差し伸べる。
「セルゥがあんなに必死なのって初めて見た。一体どうしたの?この間から、なんだか妙だわ」
セルゥの手をしっかり握って、ルーディは立ちあがりながら問いかけた。
「…そうね。とりあえずはこれを、無駄にしたくは無かった…かしらね」
そう言って掲げて見せたのは、あの蒼い鉱石。
「ルーディから苦労して譲ってもらった"黎明のかけら"だもの。ただ失敗なんてできないわ」
苦労して、をやや強調して笑うセルゥに対し、唖然と目を丸くするルーディ。
「……わ、笑えませんけど、セルゥ…」
自分が渡したモノを理由に生死を掛けられては確かに笑えない。同じく権限を譲渡した(してしまった)自分も、ルーディの気持ちがよく分かった。
しかしそれに、セルゥはやはりにこやかに笑うのだ。
「そりゃそうでしょう。だって本気だもの」
あのとき素直に渡してくれてれば、そんな後ろめたさも感じなかったでしょうね、と追撃をかけるセルゥに、ルーディはまさにそのとき見せた影を再び浮上させた。

「……女って怖い…」
そしてやはり遠巻きに女子二人を眺めていた男衆の一人、大介が実に実感のこもった声で呟いた。
「ルーディスがあそこまで弱ってるのを見るのも珍しいな」
「そうだな。まぁ、なんとなく…対ファセルゥラのみの反応、て感じがするけれど」
そういう雰囲気は慣れているのか、フィブリスと千羽が割と冷静に解析している。
千羽のその読みはかなり正しい気がした。
「とっても仲良しだ、てことだよー」
ね、と葵がとてもキレイにまとめて俺に振る。うん、ルーディの青い顔はこの際見なかったことにしてそういうことにしてしまいたい。

このままめでたしめでたしで終わればいいなぁと思っていたのだが、帰り際にセルゥから鋭い一瞥を貰ってしまった。
逃げられそうにないなと視線を落とせば、彼女の白い手に握られた"黎明のかけら"が月明かりを静かに吸いこんでいるのが見えた。
 
 

書きたいものだけ詰め込んでみたら予想外に長くなって自分がびびったです