嵐が来ていたので、みんなで一緒に寝ることにしました。

『いつかどこかでの話』




ばたばたと、いつもは人気のないようなラボに、今夜はきゃっきゃと子どもたちの声が響いている。
「ほらー、寝る前に歯ぁ磨いてこいよー」
広いとも言えない部屋の机を(勝手に)端に避けて敷かれた布団の上に、ぼふぼふと人数分の枕を置いているのは『教育係』の市岐。
いつもの白衣は脱いで来たようで、黒い上下のジャージを着ている。
「はーぁい」
昼でも夜でも変わらない子どもの高い声が、元気よく返事を返して部屋を出て行く。みんなで一緒の部屋にお泊まり、という日常から外れたイベントに、嫌でもテンションが上がっているようだ。
数年に一度の大嵐が迫りつつあった、そんな中も外も騒がしいような夜だった。

「ギアせんせー、まだお仕事終わらないのー?」
市岐が子どもたちを連れてノックもなく入ってこようと、あまつさえ机をどかして布団を敷き始めようと、後で目に物見せてくれると決意をしたとかしないとかはこの際置いておくにしても全く綺麗に無視してここ数日の研究レポートをまとめていた『研究員』のスクリュは、手元を覗き込んで尋ねる子どもたちに「そだねぇ」と返した。
子どもたちが来るまで吸っていたタバコは既に灰皿に潰されている。
「明日もきっとたいふうだよー?明日もできるよー?」
ね?ね?とどういう理論か分からない理由を述べて、どうしても布団の方へ誘いたい子ども。
「ギアせんせーのお布団も敷いたよ?ギアせんせー大きいから枕2こね!」
大きいと枕は二個になるらしい、と新たな『子ども不思議脳内メモ』に書き加える。
そうだとしたら、きっとあのなまっちろいのは0.5個なのだ。…いやしかし、さっきあれは子どもたちにも1つずつ枕を置いていたから、おそらく最小が1個の単位なのかもしれない。
「ギアせんせー、一緒にねよーよ〜」
「ギアせんせー」
「ギアせんせー」
「ギアせんせー」
「ギアせーんせ☆」
「最後に呼んだ白いの、ちょっと前に出て来い」
「俺だけ?!」
振り返らずにちょいちょいと指で呼んでみると、ええ?!といつもの悲鳴が返ってきた。
ギアせんせーに呼び出されちゃったよー、とおそらく隣に寝ている子どもを抱きしめているらしく、きゃー、と子どもの楽しげな悲鳴も聞こえてくる。
いつか彼らが思春期になった暁には、「このセクハラ親父!!」と罵られればいい。
親父と呼べるものになれるかなれないかは虚弱の努力にかかっているかもしれないが、とまで考えたところで、スクリュは打ち込んでいたPCのウィンドウをすべて閉じて、シャットダウンした。
今日はこれ以上ははかどらないだろう。
ふつりと消えたPCの画面に代わって、ぱっと子どもたちの顔に明かりが灯った。
「ギアせんせーのお布団ここね?!」
ぽんぽんと自分の布団らしい横で寝ている子どもが、嬉しそうに場所を示す。ほぼ子どもたちの真ん中という若干表情筋が引きつる位置だ。
明日の朝、一人でも子どもが青あざなどこさえていたら台風だろうがなんだろうがサナスを確実に掛けられる者を連れてこよう、とひきつった笑顔の裏で決意する。
寝袋でも持ってこようか、などと思いつつ布団へ向かいかけ、「あ、ちょ、」

ぐに 「ぐぇ」

「!?」
ものすごく感触の悪いものを踏んだ!という言葉がぱん、と脳に閃くか否かの瞬間で足元を見ると、黒いジャージの腹部があった。
「ちょっと…何で俺の進路にいるの」
「お前ジャイ〇ン?!」
「違います。あの音痴と一緒にしないでください」
「そこじゃねーよ!何で俺を踏んでいこうとするの!」
「最短距離に君がいるから」
「から、何?!俺が悪いのコレ?!」
おかしくね?!と足の下で喚く薄いそれに、スクリュは少し考えて、「…いや、おかしくないかもしれない」
「どの辺が?!」
ええ?!と突拍子もないスクリュの発言にビビる市岐。
腹の上の足をそのままに、黒いサングラスの内側のいつもの飄々とした表情でスクリュは続けた。
「ちょうど俺は先ほど、君の唐突な無断行為に5倍返しを決意したところで、予定ではぐっすりと寝て体力万全の状態で報復してやるはずだったのだけど、それが早まっただけと考えればこのまま踏みつぶしても何ら矛盾点はないと思います」
「それかんっぜんにお前個人の話だよねー?!」
「明日も台風だから、すべてつつがなくOKらしいよ、市岐センセ」
「どこの格言だよ!!」
ぐぐ、と子どもの魔法の呪文を唱えてから踏んでいた足に体重を乗せると、市岐が青い顔で足を退けようとするが、男のプライド的な筋力差でおそらくこの足を退けることはできないだろう。
が、ここで二人に予想外の事態が起こる。
「やめてギアせんせー!」
「いっちゃんが死んじゃうよーっ!」
がばっ、と二人のやりとりを見ていた子どもたちが、スクリュに抱きついた。
「あ」とスクリュが、「お前ら…!」と市岐が、気づいたときには時すでに遅し。
スクリュの体重+子どもたちの決死の体重 = 市岐の内臓破裂 (残念ながら未満)
暴風雨の嵐に耳を澄ませれば、このとききっと一人の男の断末魔が聞こえたはずである。

そんな、いつかどこかでのお話。

ただ子どもに「ギアせんせー」と呼ばせたかったんです(笑)
研究所パロディ、ということで実は子どもたちが『研究対象』で、とらはその子どもたちの『教育係』、ギアさんが『研究員』とか。
こういう設定って、『研究対象』にスポットあたるのが多いけど、『研究する側』の話って見ないなぁと思いつつ、
実は単なる中身が見た夢が元ネタでした(笑)