『空の欠片』



この道を進んだなら
いつかまた 君に会えるだろう




「旅には引率者が必要だろ?」
俺は「いつものように」そう言った。
君がとても悲しそうな顔をしているのを見ないふりをして。
「スウにもお土産持ってくるからな」
だから、その代わり、祈りのようにその言葉を紡いだ。
帰ってくるよと。「行って来ます」
君はいつものように…しかしわずかなためらいを込めて…「行ってらっしゃい」

それはあるいは別れのように。
けれどその道は、いつかきっと君に繋がっていると
「その俺」は信じているのだ。







「あ、雨だ」
窓を叩く小さな音に、俺はうたた寝から現実に引っ張り上げられた。
ふと顔を上げると、スウが物珍しいとでもいうように、窓を眺めている。
スウの部屋のささやかな図書館。その窓辺にある机で、とくに話をすることもなく二人で黙々と本を読んでいたのだが…
いつの間にか、俺は落ちてたようだ。
頭がぼんやりするのは、意外に深く寝ていたからだろうか…
「イキさん、疲れたかな…?」
窓を眺めていたスウが、振りかえって苦笑気味に声をかける。
「や…」と辛うじて否定したけれど、それ以上何か言える余力が無くて。
どうしてこんなに眠いのだろう…
まるで何かの境が崩れたように、俺の意識が「向こう」と「こちら」をさまよう。





「だからイキさんが居てくれるんでしょ?」
そう言われて、すぐに否定できない。
体調が回復したら旅に戻る……そう、いつもなら。この場所に戻ってこれると、確信できる旅路。
今回はどうだろう…。きちんと帰ってこれるだろうか…
もしも帰って来れなかったら、この目の前の蝙蝠くんはどうするんだろう。
別に同居人なら俺じゃなくても、他に誰かを見つければいい…とは、「この俺」は思わない。それだけの絆があると、知っているから。
だから、帰ってこれるのかどうかも分からない旅路にも、「彼」はそれだけしか言わない。

「行って来ます」
「行ってらっしゃい」

たとえ永遠にこの道が分かれていようと、繋がりあえることを知っているから。
そこに耐えがたい痛みがあろうとも。その痛みをこえたところに空の欠片のような光があることを。







「………でも…」
雨音が近づく。
「向こう」に広がっていた青空を隠す灰色の雲。
眠りの境界を揺れる思考を蹴り飛ばして、俺は口を開いた。スウの首を傾げる顔を、しっかりと見ることができないのが悔しい。
あぁでも。
でも「俺」は言わないと気が済まない。
だって、言いたいのに言えないことがあるのを、「俺」は知っている。
永遠に言えなくなった言葉を、俺は知っているんだ。

「でもね……スウ
どこにいたって、なにをしていたって、君と俺は同じ空の下にいたんだよ…
いつか越えられない境界に阻まれても…それだけは真実だったから…
だから…さみしいときは……そらをみて……」

厚い雲に覆われていても、その向こうに青空があるのは、俺もスウも知っている。
いつかその雲の隙間から、空のカケラが覗くことは。

うん、と小さくスウが答えるのが聞こえた。
うん…よかった。君にはちゃんと伝えられて…


雨音が遠ざかる。
おやすみというスウの声が聞こえた気がして、
俺は何のためらいもなく、ゆっくりと眠りの淵を落ちていった。

スウ君の日記にあるRPGバトンから派生したSSの設定をいただいて。
日記のほうには冒頭の引用があるために上げられなかったお話です…orz
卒業していかれる方全員に贈りたい言葉でもあります。
偽りの空だったとしても、そこで自分たちが同じ時を過ごしていたのは事実だからと。