「森ん中で訓練してたら、見つけちまったんだ。
 悪りぃんだけど、ちょっと面倒見てやってくんねぇ?」

 そう言って、彼はその怪我をした小さな生き物を俺に預けた。
 俺はもちろん、喜んでその頼みごとを了承したのだ。
 君が俺との間にあるどうしようもない境界を越えて預けた、それは信頼だと思っていたから。


 『ある晴れた日に』




 「ギア、ギア!ちょっと教えて欲しいんだけどっ!!」

 ばたん、といつもちょっと気を遣って開閉していた扉を思わず勢いよく開けた。
 部屋の中には帰ったばかりなのか、上着を脱ぎかけたダークエルフがこちらを怪訝そうに振り返り、俺の腕の中にあるものを見やって更に眉をひそめた。
 そんな部屋主に聞いてみる。

 「うさぎって何食うの??」
 「……草でしょ」

 まぁ、間違ってはいないだろうが、もう少しやる気のある回答が欲しかったよお兄ちゃんは。
 



 「俺は何が返せるかな?」

 帰省前、授業へ向かうフィスさんを見つけて話しこんだときに、俺は聞いた。
 隻眼に映る彼はきょとんとした表情で首を傾げた。
 彼に戦闘訓練を付けてもらうようになってから…いや、それよりもう少し前だ。俺が自分の目的を"彼ら"に話した時から、聞きたかったことだ。

 「うん、と…訓練をつけてもらってる、お礼?みたいなものを、さ」

 何と言えばいいのか分からなくて、出来るだけ前向きな言葉を選んだ。正直に言ってしまえば、またフィスさんの眉を寄せてしまいかねない。
 ただ自分の自己満足な罪滅ぼしの為だとは、やっぱり言いたくない。
 きっと、『人殺しの術』を友人に教えさせているというこの状況は、彼にとって厳しいものであるはずだ。
 だって友だちだ。友だちにそんなことを求められているということは、友だちたる俺はフィスさんを「そういう人種」(…決して他人に対して胸を張っては言えないものを抱える、それは前途か悪とかではないけれど、おそらく前向きでもないものを…)だと認めているようなもの……認めているのだ。
 友だちだぞ?…そんなものが、友だちを名乗るんだぞ。
 利用しているのだ。友だちの顔をして、彼がいろんなものと引き換えに得てきたものを、俺は懇切丁寧に受け取ろうとしているのだ友だちだから。

 「…傷つけてるんじゃないか?俺が、フィスさんに訓練を付けて欲しいなんて言わなければ、フィスさんが嫌な思いをしなくていいことだってあったはずだろ」

 それはこの間の土下座の件だとか、もっと前のたくちゃんとの戦闘訓練の時だとか、そしておそらくこれからもありうることだろうとか。
 自分と出会わなければ、『友だち』に見せたくなかっただろう顔だって隠しきれたはずだろう。

 しかし彼は笑った。豪快に笑った。何を言ってるんだとばかりに笑った。

 「そりゃ、とらに会ったことで悩んだりムカついたりしたこと、少なく無ぇのは認めるけどさ。
 そんなん、誰にだって言えることじゃん」

 それはその通りなのだが。そうではなくて、だって実際に起こってしまっているじゃないか。もう、可能性ではなくなっているじゃないか。
 実績を積んでしまったのだ。
 これで後ろめたさを感じないわけ、ないだろう。
 だからと言って、ギブアンドテイク的に問題を解消しようとしている腹つもりもどうかと思うけれど。

 「……じゃあ、さ」

 そんな俺の考えを彼は分かっているのか分かっていないのか分からんが、うーんと考えてから、にやりと笑った。

 「酒、付き合えよな」
 「さ、け??」

 思いがけないフィスさんの言葉に、俺はあまりにひらがなの発音で返してしまった。
 そうそう、と彼は笑う。

 「酒の付き合いつか…なんか、しんどくなったときに頼れる、そういう場所でいてくれ。
 それじゃ、足りないか?」

 前言より更に意外な返答だった。彼が頼るなど、俺には想像できなかったし、俺に向かって言われる言葉ではないと思ってた。
 俺は首を振って、あぁいや、振るのは間違いか?とか思って頷いてもみせて、

 「いや、うん、おけ、わかった」

 と返答するときには、もう口元が緩んでいた。

 「うん。それで十分」

 そう言って、彼も笑う。

 「もし」

 呟いた俺に、うん?とフィスさんが首を傾げる。
 それを見上げて、もう一つだけ、俺は尋ねた。

 「俺がフィスさんを傷つけたと気付いた時には、謝っても大丈夫か?」

 そう言いながら、脳裏をよぎったのはもう一人の聞くべき相手。金色の翼の…

 「というか、むしろ謝ってください」

 眉を寄せられるのではないかと思っていた懸念を払って、フィスさんは可笑しげに返した。
 よかったと息をついて、俺は左手を差し出した。「これからもよろしくな」


 あまりに壁がはっきりしているのに、一瞬でも笑いあえるからこの距離に気付かなくて、ささいなことで傷つけてしまわないか怖かったのだ。
 あまりに君たちが強くあろうとするように見えるから、こちらの存在なんてあっても無くても同じなんじゃないかと不安になるのだ。
 言葉の意味さえ、俺と君たちとでは食い違うことがあるから。

 しかし、今こうして握りあった手の暖かさは、やっぱり自分と同じものなんだと確認できるから、嬉しかったんだ、俺は。



 「おーぉ、よく食うなぁ」
 「君も見習えばいいわ」

 うさぎを見習うって俺はどんだけですか、とレポートに取り組むギアの横で預かったうさぎに餌をやりつつ、じとりと眺めてみたり。
 フィスさんから預かったうさぎは、もっさもっさとタウンで買ってきた牧草?を食いまくっている。
 この分なら、きっと足の怪我も早く治るんじゃないかと思われた。

 「もい、にしようか」
 「?なにそれ」
 「名前。もいちゃん」
 「……君のセンスって、返答に迷うわよね」
 「よね、て本人に同意を求めるなよ…」

 もいもいと口を動かしている姿が可愛い。
 にゃーさんと一緒にしたらどういう反応をするんだろう。にゃーさんは驚くだろうか、マイペースな子だからなんとなくそのままであるような気もする。
 まだ小さいその頭を撫でると、柔らかくて暖かかった。

 その温度に、俺は彼の手を思い出していた。




 思い出すことができていた。
 






⇒つづくよ 

そして書き手の狙いが見え見えである