2.

最近、ネイとアマネが一緒にいる光景をよく見る。
アマネがネイをかまうのは、彼らしいと思う。アマネは一人でいる者を放ってはおけない性格だ。
意外なのは、ネイのほうだった。


彼は、この里に来てまだ日が浅い。しかし、きっとこの先長くいるとしても、里の者と打ち解けることはないと思っていた。
けして愛想が悪いというわけではない。若干しかめ面のような顔をしているが、その中に深い悲しみが隠れていることに、里のものは気づいていた。
この里は、そういうものをそっと受け入れてくれる場所だった。
語らないのならば、それでいい。語るのならば、静かに耳を貸そう。
ネイは、前者だった。


だから、里のものはただ見守っていたし、アマネだって、ネイが一歩引くような素振りを見せたらそれなりの対応をしていたはずだ。
だが、二人の間にそんな空気はなかった。
彼らは古くからの友人のように、語り合っていた。


私は彼らのように、この里に流れ着いたものではない。
この平穏な場所で、大きな戦火の小さな響きの一つも聞くことなく生きてきた。
永遠の生命の円環を感じながら、めぐる明日を当然と思いながら生きてきた。
私には、ネイのかなしみが、本当の意味で分からなかったのだ。
そしておそらくアマネは、ネイの感情の、さらにその先にいたのだ。



「イホオ」
川辺の二人が、私を呼んだ。
私はこの二人が大好きだった。2つ3つほど年が離れていたこと、しかし里には私たちくらいしか同年代の子どもがいなかったこともあって、私は二人を兄のように慕っていたし、二人も私のことを可愛がってくれた。
里の川は、ゆるゆると流れていて、二人の手には薄平らな石が握られていた。
飛び石の遊びをしていたようだ。
ネイが、私に飛びやすそうな石を渡してくれた。私は隣のアマネを見ながら、川の表面に石を滑らせた。
森の木漏れ日と、川のせせらぎと、私たちの笑い声が、世界を満たしていた。



里へ戻ると、入口の番犬が死んでいた。
私たちは、しばらくじっと、その犬を見つめていた。
私は死に立ち会うのが初めてだった。まったく動かない犬を、最初はただ寝ているだけだと思っていた。
ネイがしゃがみ込み、ぺたぺたと体を触って、アマネを振り返って首を振って、はじめて私は寝ているのではないことに気づいた。
アマネが里の中に走って行った。ネイは、私に先に帰るように告げると、犬を抱えてアマネと反対の、里の外へ歩いて行った。
その時のネイの横顔が、私の網膜に焼き付いて、今も色褪せることなく脳裏に刻まれている。

彼は、なにかを決意していた。
それは幼い私でさえ、この暖かな三点の世界が終わることを、気づかざるをえない眼差しだった。



あなたのかなしみを、あとすこしでも早く知ることができたなら、あるいは違う道があったのだろうか。
この静かな大地の上で、あなたの手を取るには、わたしはいささか幼すぎたのだろうか。
彼でさえ、あなたを留めるには大切すぎたのだ…



秋の、少し冷え込んだ晩だった。
私は、驚くほど正確に、その気配を感じて目を覚ました。
子どもたちのゲルの中。
私の左には、アマネがケットにくるまるように小さくなって寝ていた。
その彼の横に座り込んで、ネイがゆっくりと、アマネの頭をなでていた。
それは、なんとなくぎこちない仕草で、まるで誰かのマネをしているような撫で方だった。
私には、その撫で方に見覚えがあった。だから、私はぼんやりとした頭で、それでも無性にかなしい気持ちで、その光景を見ていた。
ネイが、私に気づくと、そっと立ち上がって私の隣にしゃがみこんだ。
そして、アマネにしていたように、私の頭をゆっくりと撫でた。

「…まだ早いよ おやすみ イホオ」

低いネイの声音には、彼の持つかなしみが無かった。
むしろ、彼自身がひどく安心しているような響きさえあった。
ごめんね、と私の唇から言葉が漏れて、ネイがびっくりしたように眼を見開いた。
だが、すぐに苦笑すると、俺のほうだよ、と返してきた。
私はネイを見ることが辛くなって、眠気を言い訳に、目を閉じた。
もう一度だけ、おやすみ、という声が降ってくると、そっと私の頭を撫でていた手が離れた。
そして、大好きな人の足音が、暖かな三点を離れていった。

完全に夜の静けさが私を包むと、するりと涙が頬を落ちていった。


私の『世界』が、今、穏やかに終わったのだと、眠りの淵で理解していた。
彼のかなしみだけが、私の胸にやさしく腰をおろした。

ちいさな世界の終り