3.


ネイが何か大きなものに追われているのを、おれは知っていた。



この里には、もうずいぶんと長い時間留まり続けていた。
根を張ることを拒んでいたわけではない。しかし、おれが一つのところにとどまり続けることはないと、自分でも思っていたのに。

イホオは、里の中で一番小さな女の子だった。
彼女は、たぶんネイのことが好きだったと思う。まだ、そういう感情は幼くて知らないだろう、とか思われるけど、女の子の内側は、男が思っている以上に成熟しているものだから。
ネイも、たぶんそれには気づいていた。だから、そっと包むように守っていたのだ。
彼は、すでに一度、大切な人の手を放してしまっているから。

おれは、二人が寄り添うように手を繋いでいる光景を眺め続けられたらいいと、ほんとうに心から願っていた。

この世界の果てで、二人の笑い声と、鮮やかな陽の光と、約束された明日がおれの両手にあるということが、嬉しくてうれしくて仕方なかった。



だからあの日、里の番犬が何者かに殺された日、おれは決意した。
自分の中にある憎悪を、これまで生きる糧としていた呪詛を、すべて捨ててしまうことを。
かつての同胞との誓いを破ることを。


おれにはもう、ネイを…おれたちの里を焼いた一族の子どもを、手には掛けられない――


ネイも同じだったのだ。
大切なものを、奪われてきた者なんだ。
かなしみは、分かち合うことなんてできない。
けれど、理解しあうことはできるんじゃないのか。この静かな大地の上でならば。
だから…突きつけられた犬の死、促されるネイの死を、おれは無視したのだ。

やつらが来ても、おれが守るって、そう決めたのだ。
あの二人の手を、手のつながりを、あたたかなこの世界を、守ろうと。


そう、決めたのにな。
ネイのばかやろう。


世界はいつもおだやかに終わっていくから、おれはいつも気付かないんだ。
なにもなくなって、はじめて終りが来ていたことを知るのだ。
一言、言ってくれればいいのに。
一言、言えばよかったのに。
おれは、お前の横に並ぶこともできない弱い奴じゃない、てね。



さぁ、世界が終ってしまった。
小さな女の子が泣いているというのに、男のおれが何もしないのはおかしいだろう。
同じ血を分かち合った者たちを裏切って、おれはお前を探しに行くよ。
あのあたたかな三点を取り戻しに行くよ。
おれたちの未来がどこにあるのかくらいは、おれたち自身で掴ませてほしいのさ。



だから、今は、「アマネ」の世界を滅ぼして、
「おれ」はもう一度、このゴーグルを下げるのだ。

終わりは次の始まりと信じています。