『前夜祭』

ねいさんが心配していた、クラスによるクラスのための郁殺害は、わりとあっさりと回避された。
郁が「おなご喫茶」の準備を万端にしてきていたからだ。

「…お前…これどこで用意してきたんだ…」

目の前の大量の女子高生制服を呆然と眺めて、ねいさんは既に制服を装着済みの郁に尋ねた。
「世間には、まだまだ知らない(方がいいかもしれない)仕事をしている人間がたくさんいるのだよ、ねいさん」
腕組をしてフフンと、なぜか郁は得意げだ。
「つか、実際大変だったし?オレがこのためにどんだけ夜に走り回ったと思うのさ」
「あぁ、それでお前、最近寮に戻ってなかったんだ」
オレの代わりに発言してくれたのはキングだ。なるほどねー、あほかお前、とさらっと言ってくれているキングの隣で、オレも同意の頷きをした。
「あほで結構ですよー。
それより、みんなのサイズに合わせたから、自分の名前くっついてんの持ってってよ」

「サイズ?!」

驚きの声を上げたのはねいさんだったが、内心みんなも同じ声を上げたに違いない。だってみんなギョッとした顔してるし。
「だから、オレがどんだけ走り回ったと思ってんのさ。
健康診断の身長だけ無理言ってもらって、その後その手のメーカーさんにツテ辿って交渉して、かなり格安でつくってもらったんだかんなー」
「その手って、どんな手だよ…」
「それよりもツテだろう…辿る手段があるのが怖いわ」
ぼそぼそと青ざめた顔でクラスメイトがささやきあう。全く同感だ。
しかも、制服の作りもちょっとしっかりしているところに生温い熱意を感じて、制服を持つ手が震えそうだ。

「しかし、これは学祭後どうしようかな」
制服の上着を眺めながら、淡々とりんちゃんは考えていた。すでに事後のことを考えられる思考がすごいよ。みんな目の前の現実にすら逃避しかけているのに。
「んー、記念に持っててもいいけどね。彼女にあげるとか?」
「郁さんちょっと物考えてから喋ろうか」
郁の一言に凍結した雰囲気の中、ねいさんが堪りかねてツッコむ。
しかし、それを全く無視した郁は、「あぁ」と更に続けた。
「要らない奴は渡してくれたら、オレがしかるべきところで売り払って金に」
「お前もう黙ってろ」
ばす、と郁の頭を押さえつけて、ねいさんは無理やり遮った。グッジョブ。


とりあえず、もう学園祭前日でもあるので、不備が無いかを確認するためにも一度袖を通そうということになった。
学祭当日、他のクラスを驚かせるためにも窓のカーテンは閉めているが、それだけが理由ではないことはクラスの全員(約二名ほどを除く)が感じていた。
「なんつーか…既に裾詰めされてるあたり、その手のプロなんだろうな、て感じだな…」
なんとも複雑な表情で、ねいさんはスカートの裾を押さえながら呟いた。
ひざ上3センチ。こだわりでもあるのか。

「これ、下はジャージ脱ぐのか?」
「脱いだほうが見栄えはいいよね。でも何も穿かないのは勘弁して」
「そんなのこっちが願い下げだ…
お前それ、下に何穿いてんの」
「これ?」
べら、と郁がスカートの前をおおっぴらにまくった。「体育着の」
「……
女子制服着た野郎だってわかってんのに、一瞬焦った自分がすげー悔しい」
「同感」
ねいさんとキングがすごく嫌そうな顔をしている。
無理ない。うちは男子校だから、どんな中身であれ女の子の制服に免疫が無いんだろう。
「てか…郁」
うん?と郁がキングに向き直った。キングも既に装着済みだ。長身のキングにもぴったりのサイズのようで、男なのに違和感ないレベルで着こなしている。あんたすごいな。
キングは郁の横に並んで、何かを考えて、
「あの子と大体同じ背丈なんだなー」
「誰がチビかー!!」
ずさー、とすごい勢いでキングから離れて、郁は激昂した。
きょとん、とキングは目を瞬かせた。
あの子とは―――写真のあの子である。
「ちっさくねぇもん、キングが高ぇんだよ!」
「え?あの子別に低かねぇよ?高くもねぇけど」
「くそー、やりづらい…!!」
悪意がなかったり、(明確に言うと失礼なアレが)足りなかったりすると、さすがの郁も手こずるようだ。
「郁、学祭終わったらその制服」
「やめろキング!それ以上言うな!!」
ぎゃー、と耳を塞いで、郁は首を振った。ちぇ、とキングは素直に残念そうだ。…あんたすごいな…


「まさか女の子の服を着る日が来ようとは思わなかったな」
「まさかな」
うるさい二人とは打って変わって、こちらは世界の終わりのような空気が流れている。
ねいさんはともかくとして、りんちゃんが妙に似合っているのは気のせいだろうか。なんだ、郁の愛(というか期待)がこもってるのかその制服。
「しかし、こんだけ大勢の男子校生の女装ってのもなかなか見られないよな」
「いや、もう後にも先にもないだろこんなの」
りんちゃんの冷静にズレた感想に、ねいさんが首を傾げつつ返した。
それにりんちゃんは微笑みながら頷く。
「そうだな。ないな。可笑しいよな。
じゃぁ、(面白いから)いっか。」
「あー…なんか括弧付きで幻聴が聞こえたな」
天井を仰いで聞き流そうとするねいさんだが、幻聴ではないよ。視覚的に見えちゃったよ。
そのとき、キングとカバディみたいな攻防を繰り広げていた郁が、パッとこちらを見ると、手に何かを持って駆け寄ってきた。
「り、りんちゃん!一緒に写真撮っ」

ぴんぽんぱんぽーん

郁の声に被さるように、校内放送がかかった。
『学祭実行委員の呼び出しです。学実の郁は至急第一会議室に来るように。
繰り返します。
てめぇこら郁、最終調整の打ち合わせ始まってんだよとっとと来いボケ』
かなり切れ気味の学実委員長の声が響いた。
「設楽め…いいところで呼び出しやがって」
「いやいやいや、さっさと行って来いよお前!!」
クラス中の声が重なる。そりゃそうだ。妙に濃い方面の繋がりなんぞ披露している場合じゃなかったんだよ。
「仕方ねぇなぁ。
りんちゃん、後で絶対写真取らせてね!」
じゃ、といつもの調子で郁は教室を飛び出して行った。
あれ?という空気が、一瞬教室に満たされた。
そのすぐ後、郁の消えたほうからどやっと驚く声が伝わってきたので、「やっぱり」と一様に納得した。「あいつ、スカートのまんまで出てったよ」


「まぁ、とりあえず制服に問題はないみたいな」
女子制服という大前提の問題を流せたのか、ねいさんは割りと普通に言ってのけた。
ねいさんだけではないようだ。一度パニックを抜けたからなのか、みんなもう制服に対してさほどの抵抗はないみたいだ。順応性が高いクラスでよかった。…のだと思う。
「問題はないな」
問題はね。
ねいさんにキング、珍しくりんちゃんまで、そわそわとオレを見た。

…分かっているさ。

オレはスカートをちょい、と摘み上げた。それでも、足首まで長い丈。
「…なんで和泉だけ昔のスケ番なんだ?」
オレはみんなのスカート丈と、自分のスカート丈を見比べた。うん、一目瞭然だ。


なんとなく、その理由が分かったのでオレはそのことを伝えようとがんばってみたが、熱を持ちすぎたようで、りんちゃんにすら首を傾げられてしまった。

仕様です