『学園祭』

空は見事な快晴を見せた。
いつもは野郎ばかりの校舎内外に、今日は老若男女がごったがえしている。

オレたちの学校は歴史も古く、地域との交流もかなり深いものを持っており、学祭の来校者は、この地方ではちょっと話しに持ち上がるくらいの数を、毎年はじき出している。
そんな歴史ある学祭の出し物の中でも、今回のオレたちのクラスはかなりの異色だろう。
「予想外の混みようだな」
教室の外から、りんちゃんがメガネを押し上げて一言。
怖いもの見たさなんだろうな、とオレは考えた。教室の中では、昨日の戸惑いを全く感じさせない着こなしのクラスメイトが、借りてきた鉄板で豪快に焼きそばを作っている。
『おなご喫茶』といいながら、女の子らしいのは「外観」だけだ。
もともと屋台という設定で作っていたので、食材の発注は肉とキャベツとソフト麺、後はたこ焼きセットという全くの男の料理状態だ。一瞬、みんなの顔に不安がよぎったが、このギャップがいいんじゃないの、という発想の転換でそのへんは乗り越えた。
さきほど、オレとりんちゃんの当番が代わったので、教室を出てきたが、改めてこう見ると、他の教室に比べて段違いに人が多いことに気付いた。うーん、嬉しくない。
ねいさんは現在当番で中にいるが、キングは時間外なのでどっかほっつき歩いているようだ。郁は朝に顔を出したきり、委員の仕事に行ってしまっている。
「どっか食べに行こっか。ちょうどお昼だし」
ね、とりんちゃんが笑うので、オレに断る理由は無い。


制服を脱いでしまいたかったが、『おなご喫茶』宣伝のため、学祭中は常備との決め事が交わされていたので、仕方なくそのままだ。
当番以外の者は、「2−Lおなご喫茶」というたすきをかけて、宣伝をかねて校内を回ることになっている。見事なさらしものだ。なんというか、みんな実は割りと乗ってきてんじゃないのか。
「あれ…和泉、モニター見てみなよ」
ふと、りんちゃんが廊下のモニターを指した。
普段は文字情報を流しているモニターも、学祭中は我らが放送部によって各クラスや部活動のイベント宣伝として学祭仕様になっている。
画面は校門付近を写しており、放送部のリポーターが賑わう様子を実況している。賑わう…ていうか、なんか異様に盛り上がっているように見える。
画面の中のリポーターがなにやら興奮気味にモニターに向かって話している。

『わが校の学祭がかれこれ30年近く開催されておりますが、その中でも今年は特に暑いというか暑さにやられてしまったというか、とにかく異色を極めていると私も感じております。そんな代表格、2−Lのキングです。どうぞー』
『どうもー、異色キングです』
へらへらー、とモニターに登場したのは、われらがキング。異色が形容詞化しちゃってるよ。それはどうなの。
しかし、そんな細かいことなど周りはまったく意に介してないようだ。キングが登場した瞬間に、廊下には黄色い大合唱が響いていた。画面の奥でも芸能人並みのフラッシュがたかれている。
『またエラく似合ってますね、あなたは…』
『まじ?サンキュー』
若干引きつっているリポーターの様子には気づいていないようなキングは、周りからの「かわいー」の声にも笑顔で手を振っている。
『2−Lは喫茶店でしたっけ?』
『そうそう。郁が突然制服用意してきてさ。みんな制服着てっから、見に来て見に来て』
よろしくー、とキングはカメラ(前後)にスマイルで宣伝した。
オレたちの周りで一斉に学祭のパンフが開かれる。
「更に混むだろな…」
ぼそりとりんちゃんがつぶやいた。そうだね、ただでさえお昼時なのに。と、教室で奮闘中のねいさんを思い浮かべながら、オレは合掌した。


「た、大変だ…!!」
そのねいさんがいつものように深刻な顔をして屋上に走ってきたのは、キングの宣伝から小一時間ほど経ったときだった。
オレとりんちゃんは他のクラスで焼きそばを買って屋上でのんびりと食べていた。個性でも出るのか、オレたちのクラスの味とはまた少し違っていた。屋上は本来立ち入り禁止であるので、オレたちのほかには人影は見えない。
「おつかれさま、ねいさん。クラス大変そうだな」
あんなCMされた後では、オレがクラスを出るときに見た人数ではとても回らなかったのではないだろうか。てことまで考えたのだが(いや、考えたからこそ?)、オレとりんちゃんには手伝いに戻るという考えはなかったようだ。
それを前提に、さっきのりんちゃんのねいさんへの声掛けを考えると、この人もたいがい鬼だなと思った。

「あ、クラスも大変なんだけど」
しかしねいさんはそんな思考の過程があったことも気づかずに、先を続けた。どうも大変なのはクラスだけではないらしい。
「二人とも、これまだ見てないんだな」
ぴら、とねいさんは1枚のチラシをオレたちに差し出した。

「……なんだこれは」

りんちゃんの眉がかつてないほど寄った。
ねいさんが持ってきたチラシには、「WANTED」の文字がでかでかと書かれていた。そしてその下に「4人」の顔写真が。
「どうやら、今年はオレたちみたいだぞ」

これは去年もあったイベントだ。自由参加による人探しゲーム。校内に徘徊している指名手配人物を探し出して主催者まで連行すると、景品がもらえるというやつだ。去年は確か、うさぎの気ぐるみを着た連中だった。この写真のオレたちは、制服姿ではなく、それこそキングではないが日常のスナップ写真を切り取ったもののようだ。一体いつの間に撮ったのか。

「学園祭実行委員…」
静かに、りんちゃんが読み上げた。
そう、チラシの一番下には、主催:学園祭実行委員と書かれている。…郁さん…?
「郁を探そうか」
「り、りんちゃん…??」
ぐしゃり、とチラシを握りつぶして、りんちゃんは立ち上がった。なんか自分は大変なものを持ってきてしまったようだ、と事の重大さにねいさんは改めて気づいたようだ。
背中から立ち昇る怒りの陽炎を鮮やかに揺らしながら、りんちゃんはさっさと階段を下りて行ってしまった。


「キングは大丈夫かな?」
てっきり怒りで郁抹殺しか頭にないかと思われたりんちゃんが、廊下の窓から外を眺めて言った。やっぱりりんちゃんだ。
「キング?そういや一緒じゃないのか?」
時間的にさっき当番を代わってきたばかりなのだろう、事情を知らないねいさんがりんちゃんに尋ねた。
「キング、さっき校門でリポートされてたんだ」
「うわ…さすがだな、あいつ」
ねいさんが口をへの字に曲げた。
りんちゃんはキングの宣伝を言わない気でいるようだ。現在の教室の惨事(だろう、きっと)の原因を知れば、たぶんねいさんは一層ぐったりするだろう。
「ちょっと連絡取ってみるか」
ねいさんは携帯を取り出して、キングに電話をかけた。
ちなみに、郁にも電話をかければいいんじゃないかと思われるが、あの野郎は普段携帯を放置する癖があり、さっきも電話をしてみたが、やはり出る気配はなかった。携帯の存在意義までも無視する人間なのだ、郁は。仕事が忙しいから出れないとかは、選択肢にすらない。
「あ、キング?無事か??」
どうやらキングにはかかったようで、ねいさんは安否を確かめた。
「え?今、りんちゃんと和泉といっしょだけど。キングこそ今どこにいるんだ?
…は?なに?郁?」
オレとりんちゃんは顔を見合わせた。どうも様子がおかしい。
「郁はいないよ。仕事だろ?
え?ちょ…とにかくこっち来い…て切れた」
釈然としない顔をして、ねいさんが携帯を切った。
「キング、どうしたんだ?」
りんちゃんが尋ねるが、ねいさんも首をかしげる。
「なんか言ってることがよくわかんねぇの」
どうしたんだろう、キング。オレみたいになっちゃって。
3人で首をかしげていると、廊下の陰でちらりとこちらを伺っている人影が見えた。あれは…
「ん?どうした和泉」
オレはねいさんの袖を引っ張って、人影の隠れている場所を指した。ねいさんとりんちゃんがそちらを向くと、影たちはびっくりしたようだ。
「…あれ、そうだよね?…写真の人だよね…」
「…そうだよ、2−Lてさっき女装してるって言ってたし…」
小声のつもりなのか、ばっちり影の会話が聞こえてきた。
やっぱり。
オレたちは顔を見合わせて…「あ、逃げた!!」

ゲーム参加者の追跡を背中に感じながら、オレたちは猛ダッシュで逃げ出した。
「ど、どうする?」
校舎から外へ。併走しながら、ねいさんは問いかけた。指名手配された人間は、タブーとして物陰に隠れてはいけない。見つけられるのが前提だからだ。
だからといって、このオレたちが「はいそうですか」と捕まるような性分でもないことは、郁も重々承知しているだろう。
「始まってしまったものは仕方ないな。今から実行委員本部に行って異議申し立てするのも興ざめだ」
静かなお祭り男りんちゃんが、冷静に答えた。
「ただ、何も知らされないままに踊らされるのは腹の虫が収まらないので、ちょっと郁と話したいかな、オレは」
今のりんちゃんの「話」とは、たぶん拳と拳の語り合いなんだろうな。てか、ねいさんはそういうレベルでの今後の質問ではなかったと思うが…
ちらりとねいさんをうかがうと、悲痛な面持ちで地面を見つめていた。
「とりあえず、ちょっと後ろを撒こう。それから、まずキングの安否を確かめようか」
それに気づいたのか、ひとまず自分の希望を置いといて、りんちゃんは具体策を出した。
「二手に分かれて、校舎を一周したら下駄箱のとこで落ち合おう。和泉はねいさんと一緒に」
りんちゃんの指示に、オレはうなずいた。
じゃぁまた、という言葉を合図に、オレとねいさん、りんちゃんは、反対方向へ向きを変えた。
後ろであわてた気配がする。
「ちょっと蛇行すっか」
校舎にくっつくように建てられている部室棟を迂回するように、オレたちは更に大きく進路を変える。さっき見た限りでは、追跡者は校内の生徒ではなかったから、これが迂回だともわからないだろう。
案の定、追っ手は戸惑ったようで、オレたちが部室棟を過ぎるころには後ろの気配は消えていた。
「撒けた、かな」
ほっと、安堵して、オレたちはスピードを緩めて…不意に、校舎の角から誰かが飛び出した。「っうあ?!」
辛うじて互いに身をよじって、衝突を免れたようだ。

「あ、ねいさん!!」
「キング!」

飛び出してきたのはキングだった。どうやらあっちも何かを急いでいるようだ。
「ねいさん、郁は?!」
「いやだから、郁は委員の仕事だって」
電話の会話をまったく聞いていなかったな、キング。ねいさんは呆れた顔でもう一度答えた。あ、そうだった、とキングも思い出したようだ。
「郁がどうかしたのか?」
「いや、それがさ、あれあれ」
キングは、笑顔で自分の後方を指した。
え?とオレとねいさんがその指先を追いかけると。

「待てこらっ、クソ野郎!」

明らかに一般の参加者ではないヤンキーが、ものすごい形相で走ってくる。
「なんすかアレ、キングさん?!!」
目がこぼれるんじゃないかというくらい、ねいさんは瞠目していた。
「えーと、郁の知り合いらしい、かな」
「あいつ、どんだけ偏った交友してんだよ?!」
というか、なんで友達の知り合いにすごい形相で追いかけられなきゃいけないんだ、ということすら考えられない状況になっているようだ。
「と、とにかく逃げろ!!なんか捕まったらまずそうだ!!」
ほぼ本能でそう判断して、オレたちは再び走り出した。

校舎を回ったら、りんちゃんを落ち合えるはずだ。
下駄箱前、ちょうど反対方向からりんちゃんが走ってきた。
「ご、ごめん、最初のは撒いたんだけど、また見つかってまだ後ろに…」
「いいいいから!りんちゃんそのまま逃げてー!」
「へ?…て後ろのどちらさま?!」
えぇ?!とさすがに戸惑うりんちゃんの腕を引っ張って、オレたちは下駄箱からグラウンドの方へ切り返した。


グラウンドで催されているフリーマーケットの中を、女子制服を着た野郎集団とそれを追いかけるヤンキー混じりの集団が爆走する風景は、これ以降伝説となっている。


「ど、どうすんだこれ?!」
収拾つくのか?!とねいさんがいらない心配をしている。よほど混乱しているらしい。
「本部に行こう!」
りんちゃんが指示を飛ばした。
「だよなー。郁の知り合いに追いかけられてるみたいだし、あいつも巻き込んでやろうぜー」
あはは、と状況にまったくふさわしくないお気楽な調子で、キングがりんちゃんの提案に続く。
「オレはそういう意味で言ったつもりはないけれど、それ乗った!」
うん、とりんちゃんはキングの発言に乗ってしまった。郁、死んだな。
「ほ、本部は裏だぞ?!」
本部襲撃の作戦に乗り切れていないねいさんが、悲痛な声を上げる。
校舎は横棒の長いL字型のつくりをしており、今走ってきた下駄箱は横棒の内側のほうにある。オレたちは今、Lの縦棒に沿うように走っていて、本部はちょうど下駄箱の反対に設置されている。向かうには逆走しなければならない。
「これを迂回しよう」
りんちゃんは横手の校舎を見やった。Lをぐるっと回っていくのだ。
「りょーかい!」
「うぅ…りょうかい…!!」
元気よく了解するキングと、さらっと自分の抗議を流されて泣く泣く了解するねいさん。
あきらめろ、ねいさん。この二人の息があったときは、オレたちにはどうしようもない。


校舎の裏手に回ると、急に人気がなくなった。こちらは管理棟であり、職員室や保健室などの棟なので、学祭の賑わいは届かない。
後ろの集団は、一般人の参加者は脱落したらしく、ヤンキーのみとなっているようだ。どんだけ郁に会いたいのか。
「熱烈だな」
ねいさんが正直なところの感想を呟くのをきいた直後。

「?!和泉!!」

くん、と自分で自分を引っ張った感覚、スカートの裾を踏みつけたまま倒れる体。地面にぶつかる前に、驚異的な反射で、ねいさんがオレの腕を捕まえて支えてくれたが、二人の足は完全に止まった。
「ねいさん!!」
腕をつかまれた反動で、オレの視界に背後の状況が飛び込んできた。先頭を走っていた男の拳が、ねいさんに向かって繰り出され、しかし、
「っ…!!」
ごっ、と鈍い音とともにねいさんを押しのけて拳を受けたのは、「りんちゃん?!」
「!てめぇっ!!」
怒声を上げて、キングが男に殴りかかる。男の目線がキングに向いて。
瞬間、クリーム色が男を飲み込んだ。

どごぉっ

およそ人間が倒れるときに出る音ではない音がして、男は教室のカーテンに蹴り倒された。
正確には、引きちぎられたカーテン越しに蹴り倒された、だが。
蹴り倒したのは、もちろん「郁?!」
横手の教室の中からカーテンに構わずに飛び蹴りしてきたな、こいつ。

「…おいコラこの●×■野郎、よくもりんちゃんに手ぇだしてくれたな、ぁあ゛?」

すでに泡を吹いて倒れている男の腹を思い切り蹴飛ばして、郁は管をまいた。完全に目が据わっている。
「そこの沸いてるお前らも、人の学祭引っ掻き回しやがって、おかげでりんちゃんの制服汚れたろーが、まだ写真撮ってねーんだぞどうしてくれんだオイ五体満足で帰れると思うなよこの×●▲共がぁぁぁ!!」
いつものデカイ猫をかなぐり捨てた郁が、雄たけびを上げてヤンキーに突っ込んでいった。…のを、呆然とオレたちは見送った。

「あ、大丈夫か?りんちゃん」
われに返ったねいさんが、パタパタと制服の汚れを払っているりんちゃんに声をかけた。
「あぁ、ちゃんとガードしたから、大したことないよ。ちょっとあざになるだろうけど」
大丈夫、とりんちゃんは笑った。
「これが証拠で、こいつらを追い詰められるから、むしろ残ったほうがいい」
すべて計算尽くなのが、りんちゃんという人間だ。
ヤンキー相手に大立ち回りしている郁をみているキングが、どうもそわそわしている。
「お、オレもちょっと参加してきていいかなー」
と、血迷ったことを抜かして駆け出そうとするキングを、ねいさんがあわてて引き止めた。
「やめとけ!来たぞ…!」
え?とねいさんの後ろを振り返ると、数人の先生の姿が。
「おぉ…あっぶね」
ほっと胸をなでおろすキング。ここで喧嘩している様子を見られては、後が大変だ。
先生たちに気づかずに乱闘している郁は…まぁ自業自得というところだろう。


こうして、人探しゲームに始まった騒動は、一旦幕を下ろしたのだった。

伝説はいつも青空の下から