『後夜祭』

二日間に渡る異色の学園祭も、無事大成功に終わった。

「最初はどうなるかと思ったけど、これは成功だったな」
お祭りの名残を残す廊下を、後夜祭の外会場へ歩きながらで、ねいさんはしみじみと言った。
「来年も楽しみだなー」
「キング、それは早過ぎないか」
能天気なキングのコメントに、りんちゃんが苦笑した。
しかし、たぶんみんなキングのようなことを思ったに違いない。
オレは、昨日の出来事を振り返った。


あの騒動の後、オレたちは郁に問い詰めた。
「え?あいつら??知り合いなんかじゃねぇよ!」
ヤンキーとの関係を尋ねると、郁は思い切り首を振った。
「じゃぁどういうことなんだよ」
「えぇーと…あれは、その…」
ねいさんの問いかけに、郁はちょっとためらった。が、全員が流してはくれないだろう空気を読んで、諦めたように口を開いた。

「オレの知り合い…てより、ねぇちゃんの抗争相手だった奴、みたいな…?」
ずざ、ばきゃめきゃ

『ねぇちゃん』という単語を聞いて、思わず立ち上がったオレは、再びスカートの裾を踏んでしまい、背中から後ろの植え込みに倒れてしまった。
「い、和泉…?!」
唐突なオレの行動に、ぎょっと驚くみんな。しかし、郁がハッと気づいた。
「い、和泉ー!!そうだよ、お前なら分かってくれるよなー?!」
がば、と上からオレに抱きついて、郁は懇願した。
わかるよ、郁。お前が妙に放送禁止用語知ってたり、ドSなくせして、でもどっかの秀才みたくは徹底してSにはなりきれない理由だとか、全部あの女の存在の影響だもんな。
「え?どういうこと??なんで和泉はわかるんだ?」
頭に?マークを浮かべながら、ねいさんが聞いてきた。
それを見た郁は、きょとんと振り返って告げる。

「あれ、言ってなかったっけ?
オレと和泉は幼馴染なんよ」
「おさななじみぃぃぃ?!」

2年越しの発見じゃねぇか、とキングは大爆笑していた。そういや言ってなかったっけ。
中学で向こうが転校してしまったので、3年ぶりということになるが、郁のねぇちゃんは半端ない性格と気性の持ち主だった。とにかくあらゆるテッペンを取りたがる女性で、「文武」ともに極めつくしてしまったらしい。そのもろもろの反動が、弟のほうへ押し寄せるのだ。今回のあのヤンキー連中も、「反動」のひとつだろう。姉にやられた腹いせに、くらいの理由だ。
オレも、昔はそのあおりを食らった一人である。できればこの先お目にかかりたくはない。

「今回のあの連中のことは、事前にねぇちゃんから連絡来てはいたんだ。もしかしたらオレんとこに変なのが行くかもしれないから警戒しといて、て。
それで、制服の制作状況見に行くついでにこの辺の仕切ってる奴らに様子を聞いてたんだ。でも当日直前までなんも音沙汰なくて。まあ、来るなら当日だろうな、とも思ってはいたけどね。
だから、一応みんなには万が一のこと考えて、変装じゃないけどさ、そういう格好してもらってさ」
「そんでてめぇは保健室で爆睡してやがったんだな?」
「う…。だって、眠たかったんだもんよ…」
郁がカーテンごと飛び出してきた部屋は保健室だった。仕事をしていたのかと思ったら、どうやら寝こけていたようだ。ちゃっかり制服も脱いで、ジャージになっている。
「まさか突き止められるとは思わなかった。あいつら、どうしてねいさんたちがオレの友達だってわかったんだろう」
郁はことりと首をかしげた。
そういえば、どうして2−Lの中でもオレたちに的を絞って追いかけてきたのだろうか。
「そうだなー。オレにもいきなり『郁のクソはどこだ』だったからな」
忠実に再現するキングを、郁は若干嫌そうににらみつけたが、やはりキングは気づかない。
「たぶん、これだろう」
メガネをきらりと光らせて、りんちゃんがぴらりとチラシを取り出した。
「チラシ?確かにオレたちの顔は載ってるけど、それで郁との繋がりは分からないよ」
ねいさんが疑問を投げかけるが、りんちゃんはフと笑った。
「キングが言っていたんだよ、リポートされたときに」
「え?」
「お、オレが??」
突然話に出されて、キングはびっくりしている。
そういえば、リポーターと制服の話のくだりになったとき、郁の名前を出していた気がする。それを見たあの連中が、とりあえずキングを追いかけていた、ということだろうか。

「…そ、か。なんか、どこでどう繋がるか分からないもんだよね。
ていうか、りんちゃん、そのチラシなに?」
不思議そうにチラシを見る郁に、オレとりんちゃんとねいさんは逆に驚いた。
「おいおい、自分で仕掛けといてそれはねぇだろ」
「?仕掛ける??なんの話よ、ねいさん」
人聞き悪い、とでも言いそうに眉をひそめる郁。
「郁、これお前じゃないの?」
真贋を見極めるように郁を見据えながら、りんちゃんはチラシを渡した。
「仕掛けるってなにを…て、え?え??
――いやいやいやいや、断じてオレじゃねぇよ、これ?!」
ものすごい勢いで郁は首を振って否定した。
「えぇー…?」
「えぇー、て、さっきの話聞いてたねいさん??!
オレみんなに変装代わりに女装させたっつってんじゃん!それをわざわざ名前と顔出させてどうすんのさ?!」
「いやだから、これじゃお前との繋がりはわかんねぇから、ぎりぎりの線で遊んでんのかとか思うわけよ」
「オレどんな人間だよ!そんなリスク友達に負わせるわけないしょ?!」
「いやー…?」
「えぇぇ?!だめー??!」
そりゃ、友達に女装させて自分は寝ている時点でいろんな可能性を考えさせるに十分な要素てんこ盛りだろう。

「つか、変装にしても女装以外にもあったろ?それこそ着ぐるみとかさ、完全に顔かくれんじゃん、あれ」
ねいさんがオレの考えを代弁してくれた。そうなのだ。姿を隠すのにはそれで十分のはずだ。しかも木を隠すなら森理論で用意した制服も必要なくなるから、そのための多大な手間を省けたはずだ。
「馬鹿野郎、ねいさん!そんなんじゃだめなんだよ!!」
ねいさんの発言に、郁が泣きそうな顔をして抗議した。それにギクっとするねいさん。

「それがりんちゃんの女装に勝てると思ってんのか?!」
思わずごめんと言いかけたねいさんの動作が固まった。
そうだな。お前は今回それがすべてだったんだもんな。

「和泉」
不意に、トン、とりんちゃんがオレの方をたたいた。そして、無表情に告げる。
「弓道場からオレの弓持ってきてくんないかな」
や、殺る気だ、りんちゃん…!!


それは抑えてくれと、ねいさんと郁の平謝りで、その場は丸く収まった(ということにしておく)。
その夜に、実行委員長の設楽がりんちゃんに謝罪しに来て、どうやらあのゲームの主催者は設楽だった(ちょっとしたサプライズのつもりだったようだ。誰に対してだかは考えたくない)と判明したことで、りんちゃんの郁への怒りも解消したようだということを同室のねいさんから聞いた。
もっとも、人の手のひらで踊らされるのが一番嫌いなりんちゃんの性格を知っている、りんちゃんマニアの郁がそういうゲームを仕掛けることに、みんな疑問を抱いてはいたのだけれど。


「郁の制服もらえないかなー」
まだ諦められないキングが、夜の影が降りてきた空を仰ぎながら考えている。
「ちゃんとお願いすればきっとくれるよ、キング」
「りんちゃん、なにを根拠に言ってるの、それ…」
そうだなー、と納得する後ろで、ねいさんが恐る恐る問いかけた。しかし、りんちゃんはにっこりと笑うだけで答えない。
それに微妙な笑顔で返すねいさん。あぁ、いつもの風景だ。

「みんなー!」
会場の一番外側で、郁がぶんぶんと手を振っている。
その後ろで、ひるるる、と昇った火玉が、どおんという轟音とともに空に大輪を咲かせた。
「お、始まった始まった」
キングがわくわくと、いち早く駆け出した。
それに続くオレたちを迎えるように、二発目の花火が空へ昇る。


たぶん彼の願いは叶います。その裏で涙を飲むものがいます。