『絶望的』
「あれ?」
ふと、パソコンのログインパスワードが記憶から吹き飛んだ。
微かな名残のような記憶の欠片を頼りに打ち込んでみるけれど、Enterキーを押した瞬間に甲高い音で弾かれる。
『後3回間違うとロックがかかります』
「えええええ……」
まずいなぁ、と。ここでIDカードのロックがかかってしまうと、この後のレポートが作成できず、かつそのレポートの提出まで後1時間。
後は出力だけだというのに。
仕方なく、横に座って作業をしていた市岐に出力だけでも頼もうと「なぁ」と呼びかけて、
思いがけず向こうがこちらを見ていた。
「え、え…なに?」
しかし、自分と市岐の目線が合わない。
彼は自分の頭の……やや上を見ている。凝視している。「市岐…?」
呼びかけると、ようやく腕を上げるという動作を見せた。そして、その上げた手で、自分の頭の上を……払う。
「ちょ、何やってんのお前…?!」
何かついていたりしただろうか、と自分でも頭をぱたぱたと払
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「え?」
不意に、目に浮かぶような錯覚でパスワードを思い出した。
は、と市岐を見ると、いつもの人を食ったような笑いを浮かべてこちらを見ている。今度はハッキリと目があった。
「…何した、お前」
「はらった」
「何を」
問うと、市岐は少し考え込んで、答えた。「…きおくかじりむし」
N〇Kに謝って来い。
俺は思い出したパスワードを打ち込んで、無事レポートを提出できたので、
無事でない彼のネーミングセンスについて後50分の間黙考していた。